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「じゃない人」も、ものづくりの未来を考えている 10年後の越前鯖江を「産業観光の聖地」にするという野望を掲げて。 TSUGI 新山直広さん

「RENEW(リニュー)」は、福井県鯖江市・越前市・越前町で開催される、持続可能な地域づくりを目指した産業観光イベントです。“見て・知って・体験する” を合言葉に、普段立ち入ることのできない工房を見学したり、ものづくりにトライしてみたりと作り手とつながることを目的としています。

2022年10月に開催されたRENEWの最新イベントレポートは、こちら(前編後編)よりご覧ください。

編集部はRENEWに参加し、その盛り上がりに驚きました。その盛り上がりの背景を探るべく、RENEW発起人である合同会社ツギの代表、新山 直広(にいやま なおひろ)さんにお話を伺いました。

新山 直広さん
大阪府吹田市出身。大学時代に福井県を訪れ、卒業後は福井県鯖江市の企業に就職。その後、鯖江市役所の嘱託職員としてデザイナー業務に従事。市役所を退職後、自身が設立した合同会社ツギで、工房見学イベント「RENEW」や福井県内企業の製品を販売する「SAVA!STORE」を運営。2022年7月より、RENEW事務局が一般社団法人SOE(ソエ)として法人化、その運営に携わる。産地に来て見て体験するという「産業観光」という考え方を大事にしている。

2022年現在、福井県に移住し14年目になる新山さん

ーー休日はどのように過ごされていますか?趣味など教えてください。

僕、趣味がなくて仕事人間で有名なんです(笑)趣味と言えるかはわかりませんが、小さい娘がいるので土日は極力休んで娘と遊んでいます。あとは、大学時代建築を学んでいてインテリア雑貨を集めるのが好きですね。

ーー学生時代に熱中していたことはありますか?

生まれ故郷の大阪府吹田市はサッカーが盛んな街で、僕も中学生までサッカーに熱中していました。高校生になるとモテたい一心でバンドをやって、そのあたりから文化系の方に進みました。

ーーバンドはどんなジャンルの音楽をされていたのですか?

Hi-STANDARDやNUMBER GIRLが流行っていた時代で、コピーバンドでそれらをカバーしたり、オリジナル曲を作って演奏したりもしました。大学生くらいからフィッシュマンズというバンドが好きで、今も時々ライブに足を運んでいます。

「デザイナーって大っ嫌いなんだ」 
産地の作り手は疲弊していた

ーー新山さんが福井と関わりを持つようになったきっかけを教えてください。

学生時代は建築家を目指していたのですが、大学生の頃にリーマンショックがあり、「時代が変わるんだろうな」という勘が働きました。その頃から建物を建てることだけでなく、今ある建物を活かしていきいきとした社会を作るという方に関心が向きましたね。そんな思いが芽生えた頃に『河和田アートキャンプ』という学生が参加できるアートプロジェクトに参加し、初めて福井県を訪れました。その後ご縁があり、アートキャンプ運営会社に就職し、赴任したのが福井県鯖江市でした。

ーー移住当初はどんな思いをお持ちでしたか?

建築というのがベースにあったので、はじめは都市計画や地域づくりに取り組みたいと考えていました。でも実際移住して早い段階で、産地の方々の疲弊感というものをすごく感じました。お世話になっていた職人さんが「ここの町の産業も終わりだよ」と言っていたのを覚えています。同時に、「まちづくりも大事かもしれないけど、僕らの町はものづくりの町だから、ものづくりが元気にならないと町は元気にならないんじゃないか」とも言っていました。

元々地域づくりがしたいと思って福井に来たけど、そういう厳しい面を目の当たりにして物事を柔軟に考えてみた結果、ものづくりをどうにかして活性化させないといけないなという結論に至りました。そして、僕は何をすれば町に貢献できるだろうと思った時に、ものづくりに必要なのはデザインじゃないかと思ったんですよね。

ーーそう思ったのはどうしてでしょうか?

15年くらい前はホームページを持っていない職人さんがめちゃくちゃ多かったり、自社製品を持っていてもパッケージがイマイチだったり、良いものを作っていても、その良さを伝えることに関しては苦手な町なんだろうなと感じていたからです。それは長い間、OEM中心で仕事をしてきたからデザインが必要なかったという背景もあります。

ーーデザインが必要だと職人のみなさんに伝えるのは難しい面もあったのではないかと思うのですが、いかがでしたか?

おっしゃる通りです。当時、地域の壮年会に所属していて、40、50代の方々の前で「デザイナーになります。」と宣言したことがありました。その時に「俺らデザイナー大っ嫌いなんだ」と言われたのが衝撃的でした。聞くと、「デザイナーは気取っていて、好きなものを作って全然売れないし、ホンマに詐欺師だ」みたいな、彼らはそんな感覚を持っていることがわかりました。

ーーそれは衝撃的です。

まさかそんなイメージを持っているとは知りませんでしたが、よくよく聞いてみると、バブル期に東京から全国にデザイナーが派遣され、一方的に「これを売りなさい」と指示していたケースがあったようです。結果として全く売れず、産地の作り手は誰も恩恵を受けなかったというのが一番良くなかったのではないかと思いました。

ーーデザイナーと聞くと、当時のことが蘇ってしまうのですね。

誰も販路のことを考えていなかったんだと思います。そこで、この町でデザイナーとして生きていくなら、『商流や販路のことまでちゃんと考えないと絶対通用しない』と思いました。そうしなければ、僕も詐欺師呼ばわりされてしまうだろうなと。

自分たちで産業観光を促進させるイベントを起こそう!

産業観光とは
『歴史的・文化的に価値ある工場や機械などの産業文化財や産業製品を通じて、ものづくりの心にふれることを目的とした観光』をいう。英語では「Industrial tourism」

RENEW2022の様子
総合案内所のうるしの里会館は連日多くのお客様で賑わっていました

ーー産業観光は、産地に足を運び、自分の目で見て体験してもらうのがポイントだと思います。RENEWはまさに産業観光の取り組みの一つだと思いますが、産業観光が大事だと考えたきっかけなどはありますか?

大きく2つあります。
1つ目は、費用の話です。結構前から「ものづくり企業も自分で商品を作って自分で売ろうぜ」という動きがあります。作った商品をPRしたいから展示会に出展してみようとなるわけですが、ブースを借りるだけでも50万円くらいかかります。装飾や運搬、往復の交通費を加えると100万円を超えてしまうこともあるんですよね。規模の小さい企業には費用負担が大きすぎるのではないかと思いました。
2つ目は、伝統工芸の製品というものは、店の陳列棚に置いてあるだけではその価値が伝わりにくいのではないかということです。100円ショップの漆器っぽい器と、1万円の漆器の器って、実は見た目だけではあまりその違いはわからないものです。どうやったら漆器の良さが伝わるかなと思った時に、やっぱり地域や産地に来てもらって見てもらうのが一番だと感じました。

ーー産業観光に関して、参考にした他の産地などはありますか?

東京都大田区や蔵前周辺で開催されていたオープンファクトリーイベントや、新潟県燕三条市の『工場の祭典』などを見学しました。参加されている職人のみなさんがすごくいきいきとされていて、なんて素晴らしいんだと感動しました。それを福井県でもやりたいと思いましたね。

ーーそして、2015年にRENEWがはじめて開催されたんですよね。

実は2013年頃、鯖江市役所に在籍中にRENEWのようなイベントをやりたいと思い、部長に直談判したことがありました。
たしか11月頃だったと思います。でも、来年度の予算要求の時期はもう終わっていて無理だと分かり、翌春には独立する予定だったので、もう自分たちでやろうかという決断に至りました。

予算という意味では行政は強いバックアップになりますが、参加しているものづくり企業が主体になった方がイベントとしてもっと盛り上がるのではないかと思いました。また、行政の予算ありきではじめて、予算が尽きた時にイベントも終了するケースが結構見受けられていたので、だったら自分達だけでやったほうがいいんじゃないかと。

ーーしかし、自分たちで開催するのは大変なこともたくさんありますよね。

初年度の参加は22社だったのですが、普段から活動的にいろいろ取り組んでいる数社は、比較的最初からイベントには乗り気でした。でもそれ以外の方々からは、「なんで工房なんか見せなきゃいけないの」「技術盗まれたらどうするの」という声が聞こえてきました。

ーーどうやって説得したのでしょうか。

株式会社谷口眼鏡の谷口康彦さんらと共に「今まで行政頼みで失敗してきたんだから、そうじゃないイベントをやってみようよ」と声を掛けました。谷口さんが「参加費2万ずつなんて、2回くらい飲んで遊ぶのを我慢したらいけるやろ!失敗してもいいからやろう」とみんなを口説いてくれたのは大きかったですね。そうやって、小さく小さくスタートしました。

ーー最初はたくさん人を呼ぼうという感じではなかったのですか?

そうですね。ノリとしては、とにかく失敗してもいいからやってみようかという感じです。でも最初からビジョンは明確で、「100年、200年後もこの場所でものづくりが続いている」ということが大事で、そのためにやっていこうと当時から考えていました。

ものづくりする人も、そう「じゃない人」も、どちらも産地の未来を考えている

ーー今では毎回3万人を超える来場者数になったRENEWですが、はじめた当時と比較して変化した点や発見などはありますか?

関わっているみんなの意識がめちゃくちゃ変わったと思っています。大げさにいうと、小さな産業革命を起こせたんじゃないかなと僕は思っているんです。

目に見える成果としては、鯖江市や越前市近辺でファクトリーショップ(工房直営のお店)が33店舗できました。10年前は自社製品さえ持っていなかった方々が、自社製品を開発しお店を開いているんです。お客様としても作ったその場所から買うというのは、解像度の高い購買体験になりますし、深いファンになってくれます。これによって、作り手とお客様の密度が濃くなりました。これはすごく大きいことだと感じています。

ーー新しい取り組みを受け入れる地域の懐の大きさを感じます。

鯖江市や越前市のものづくりって、どちらかというと「産業」という意味合いが強いんです。生きるために続いてきたものづくりとも言えると思います。だから、あまり作家性を持っていなくて、例えるなら、職人さんが作ったものに「いい作品ですね」と言ったら、ふざけんじゃねえとなるような世界で、自分が作ったものは人が使うための商品だというアイデンティティを持っているんです。ですので、新しい商品を作ってみるとか、時代に合ったものづくりをしてこの町は続いてきました。そういった土壌があるので、新しいことも受け入れられていったのではないかと思っています。

ーー他に、RENEWをはじめて変化したことや、生まれたものなどはありますか?

RENEWをはじめてから、この地域で45人の雇用が生まれました。広い意味で、この土地の担い手になる人が増えていくというのも大きなことだと感じています。

ーーその45人の方々は、どういう方々なんですか?

4パターンあります。1つ目は、RENEWのパンフレットで採用活動している工房を探し、応募して働いている方。2つ目はRENEWが主催する『産地の合説』という宿泊滞在型の合同就職説明会を通して職人になった方。3つ目は職人そのものではなく、それを支えるバックオフィス的な仕事として企画職や営業職に就く方。4つ目はファクトリーショップが誕生したことで、ショップのスタッフとして働く方。この4つが主だと思います。

ーー色々な方面から福井にやってくる人がいるのですね。RENEWをやってきて、予想外だったことや思わぬ発見などはありますか?

まさかここまで大きくなるとは思わなかったです。こういうイベントって続かないことも多いのですが、マンネリせず進化させながらちゃんと続けてこられたのは、自分で仕掛けておきながら予想外だった部分もあります。RENEWに来てくれたお客様が、ここで働きたいと移住してきてくれることも本当に信じられないし、14年前には僕だけだった移住者も今や珍しくない存在になりました。これは僕の中では全く予想していなかったことですね。

ーー予想を超えるほど、RENEWの影響は大きいですね。

僕たちの町って「じゃない人」という言葉を使います。ものづくりする人に対して、そうじゃない人という意味です。ここはものづくりの町なので、主語、主役が職人さんなんです。でも、ものづくりする人と一緒に走る僕たちデザイナーのような存在や、いいものを作るだけではなくデザインや販売についてきちんとマネジメントする人など「じゃない人」の存在も大事だというのをみんなが実感したことは、大きな変化だと思います。

ーーRENEWはイベントですが、イベントという枠に収まらず関わる人の考え方にも影響がありますね。

そうですね。最初、地域づくりをしたいと思って鯖江に来て、デザイナーという仕事をすることになりましたが、回り回って今、やりたかった地域づくりができていると気付いた時に、最高じゃんって思いましたね。

「暇な人が一番やる気があって頼れるんです」
需要のあるニートが鯖江を支えている

ーー新山さんの過去のインタビュー記事を拝見していて、「需要のあるニート」という言葉が衝撃的でした。直接ものづくりはしていないけど、それを支える存在として重要視されていると感じたのですが、需要のあるニートとはどんな方々なんですか?

初代RENEW事務局長の森 一貴(もり かずき)くんという人がいて、彼も鯖江に移住したうちの1人なんですが、通称『森ハウス』というシェアハウスを鯖江で始めたんです。結果的にコロナ禍前は年間200人くらいが出入りする場所になり、今も15人ほどが生活しています。森ハウスに集まった人たちって結構面白くて、ある意味めちゃくちゃ意識が低くて悠々自適に暮らしているんです。

そういう人たちが増えて来て、最初は「なんだなんだ!?」となっていたんですが、実はみんな仕事ができる人たちで、土日だけショップの店番をしてほしいとか、イベント手伝ってほしいみたいな感じで引っぱりだこになったんですね。ある時飲み会である人に「新山くんていつも忙しいし捕まらないけど、あのニートの子たちってめっちゃ暇してるから手伝ってくれるんだよね」と言われました。うわこれ面白いと思って、「需要のあるニート」と名付けたんですが、僕らの町では暇な人が一番やる気が高いんです。

ーーどこかに勤めて働くとは違う方法で、ものづくりに参加しているのですね。

森ハウスには『幸せに生きるために何をすべきか』が軸にある人が多いと感じます。これが10年前だったら、怪しい人が町に住み着いて怖いとなりそうですが、今は町のみんなが彼らを頼りにしています。ニートなのに忙しいみたいなヘンテコで面白い現象が起きていて、ニートブランディングだねなんて話しています。このムーブメントに僕は一切関わっていません。新しい世代が新しい価値観を作り出したんだと感動しました。これもまた予想外の発見でしたね。

産業観光を推し進めることは、ものづくりの未来を照らすこと

ーーこれからの夢や野望があれば教えてください。

鯖江市・越前市・越前町の半径10キロ圏内のものづくりエリアを『日本一の産業観光地域』にするという野望を持っています。

半径10キロ圏内に7つの地場産業(越前漆器・越前和紙・越前打刃物・越前箪笥・越前焼・眼鏡・繊維)があるというのは大きな強みです。現在33店舗あるファクトリーショップが、これからもっと増えていく余地もあります。外的な要因としては、北陸新幹線の駅が開通予定で県外からももっと来やすくなります。ものづくりする側も、この場所に来てもらって見てもらうことに価値があるよねというムードが高まっています。これまでやってきたことを更に強化させていけば、実現できるのではないかと思っています。

ーーなるほど。現時点で見えている課題などはありますか?

土日はショップが閉まっている、鯖江や越前に来てもあまりコンテンツがない、バスなどの二次交通が弱いという課題があり、それを解決していくために2022年7月に一般社団法人SOEを設立しました。SOEでは通年型の産業観光、宿泊施設の運営、各種スクールの運営、イベント事業、産業観光メディアの運営などに取り組む予定です。中でも、通年型の産業観光と宿泊施設が主な事業になりそうで、今まさに取り組んでいます。

産業観光は産地の生存戦略と捉えていて、OEM製造や自社製品開発とは違うキャッシュポイントとして伸ばしていきたいと思っています。今、体験プログラムを職人さんと一緒に作っているのですが、ちゃんと職人さんが儲かるような金額設定にして、体験される方にとっても価値の高い体験になるように検討しています。

SOEが手がける宿の様子

宿に関しては、2024年に鯖江市河和田地区に一棟、今立(いまだて)地区に一棟開業して、そこから徐々に広げていく計画です。一ヶ所に大きな宿というよりは、比較的小さい宿を地域にいくつか建設するつもりです。何故宿かというと、滞在時間を伸ばしたかったんです。鯖江に遊びに来ても、宿泊は金沢にする人も多くて観光の機会を損失していました。鯖江でものづくりに触れて、そのまま泊まって次の日もまた楽しめるという流れを作るために、宿が必要だと考えています。

ーー鯖江市や越前市はこれからもどんどん進化していきそうですね!

このエリアを日本一の産業観光地域にすることが、ものづくりの町として続いていくことに繋がると思います。10年後のこの町は、産業観光というものがちゃんと認識されて、世界でも越前鯖江は産業観光の聖地だと呼ばれるようになっていると想像しています。

これから取り組もうとしている事業も含めて、色々なことや人をうまく繋げて、地域の魅力をどんどん上げていけば、持続可能な地域になっていくと思います。それに向けて仲間達と作っている最中です。

TSUGI llc. (合同会社ツギ)
所在地 福井県鯖江市河和田町19-8
代表 新山直広
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