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ブランディングとはものづくり 町工場の規模のまま世界と戦いたい 藤田金属株式会社 藤田 盛一郎さん

ものづくり新聞

大阪府八尾市に降り立った編集部は、突然巨大な白いフライパンに遭遇しました。

この巨大フライパンがあるのは、昭和26年(1951年)の創業以来、フライパン、アルミタンブラー、アルミ急須など金属製のキッチン用品や家庭用品などを製造している藤田金属株式会社さんです。2021年に新しくしたばかりだという黒い外壁の建物は奥が工場、右が事務所です。

こちらは、フライパン製造に使われる金属板を油通ししている様子です。藤田金属の従業員は19名(2022年5月時点)で、平均年齢は35歳です。

この機械は「ヘラ絞り機」といいます。ヘラ絞りとは、素材を高速回転させながら「ヘラ」と呼ばれる金型にゆっくり押しつけることで金属板を伸ばし鍋やフライパンの形に成形する技術です。フライパンや鍋だけでなく、急須などの製造にも使われることがあります。

ヘラ絞り機 フライパンの形になっている型に鉄板を押し当てて、形を作ります。

押し当てることでこのようなフライパンの形に成形されます。

こちらは藤田金属独自の加工「ハードテンパー加工」です。約700℃の高温で真っ赤になるまで焼き入れをし、その後オリーブオイルをコーティングすることではじめから油が馴染んだ状態にする加工です。鉄フライパンに必須な「油ならし」をしなくてもサビにくくこびり付きにくいフライパンです。

こちらは「クリアー塗装」を施している様子です。ハードテンパー加工を施していない一般的な鉄フライパンはサビやすいため、「クリアー塗装」と呼ばれるサビ止めの表面加工を施します。クリアー塗装はお客様の手元に届くまでにサビないようにするための加工ですので、使用前に油ならしをして塗装を落とす必要があります。

藤田金属さんの工場の2階には、自社製品を販売する直販ショップがあります。おしゃれな空間で、取材に伺った際もお客様がフライパンを選びに来店されていました。

直販ショップ限定でイニシャル入りの持ち手を付けられる商品もありました。

直販ショップのすぐ横に工場を見学できるスペースがあります。お客様はいつでも工場の様子を見学することができるのだそうです。

モニターも設置されており、工場のいくつかの作業場所の様子をリアルタイムで見ることができます。

店舗内には大きなキッチンがあり、今後藤田金属のフライパンの使い方講座などを開催したいとおっしゃっていました。

今回は代表取締役社長の藤田 盛一郎(ふじた せいいちろう)さんにお話を伺いました。

三兄弟みんなが家業に入社

ーー藤田さんは藤田金属の4代目社長ですよね。

そうです。私の祖父が創業し、叔父(父の兄)、父と跡を継いできて私が4代目です。創業者の祖父は負けん気が強くて、96歳くらいまでは会社に来ていました。現在102歳です。

ーー96歳まで会社に来ていたとはパワフルですね!藤田さんが4代目になったのはいつですか?

私は1年半前に代表取締役社長になりました。私は男三兄弟で3人とも藤田金属で働いています。長男である私が営業や開発を担当していて、2番目の弟がフライパンなどの製品製造、一番下の弟が金型製造と分担しています。

ーー三兄弟全員が家業に入っているケースは珍しいように感じます。

そうかもしれません。改めて考えたことはないですが仲は良い方だと思います。今でも弟たちと一緒にご飯を食べに行きますし、地方の展示会やイベントに一緒に行くこともあります。一番下の弟が海外留学していた頃は一緒に海外へも行きましたね。

ーー子供の頃は家業の工場へ行くことはありましたか?

工場と自宅は離れていたので頻繁には行きませんでしたが、週末にたまにやっていた製品の販売会には遊びに行っていました。中学の夏休みにはフライパンの蓋を付けるなどの簡単な作業を手伝っていました。

ーー子供の頃は家業へどのようなイメージを持っていましたか?

キッチン用品作ってるんだなというイメージくらいしかなかった気がします。量販店やホームセンターにうちで作った製品が並んでいるのを見た記憶はありますが、深く考えたことはありませんでした。

工場の隣にある事務所でお話をお伺いしました。

ーー跡を継ぐことは子供の頃から意識していたのですか?

おじいちゃんから「社長さんになるんやぞ」とずっと言われていました。笑 小学校低学年くらいから聞かされてきたので、私もそうなるもんだと思っていました。

ーー入社した時の第一印象はいかがでしたか?

大学を卒業して22歳で入社したときは「なんて業界来たんや」と思いました。その時は40代後半から50代の先輩しかいませんでしたし、会社や業界もなんだか古い印象を受けました。周りからも「入る業界間違えたんちゃう」とよく言われました。

ーー具体的にはどのような状況でしたか?

当時デフレが深刻化している時期で、営業で提案をしても品質でもなく、メイドインジャパンという価値でもなく、とにかく値段のことしか言われませんでした。正直、ただひたすら目の前にある仕事をこなして、時間が過ぎれば給料がもらえるという感じの雰囲気でした。

ーー当時はどのようなところで藤田金属の製品が販売されていたのですか?

量販店、ホームセンターがほとんどでした。とにかく価格が最重視されていました。売れる商品を作っても半年後にはコピーされ同じような製品が店頭に並ぶのが続き、これどうしたら良いのという感じでした。

フライパンメーカーとしての理想を追い始めた

ーー厳しい状況をなんとか変えていこうという動きが生まれたのはいつ頃ですか?

私が29歳で父親が社長に就任した頃からです。自分たちの規模感やできることを踏まえて、続けるのが厳しい仕事を見直したり、こういう商品を作ってみたいというメーカーとしての理想を追い始めました。経営的には確かに厳しかったのですがやるしかないと腹を括り、180度変わったと言っても良いくらいいろんなことを変えました。その一つが自社製品開発です。

ーー自社製品開発の始まりについて教えてください。

自社製品を始めようとした時はとにかく売上を追い求めていた時期でした。最初は自社製品として鉄製フライパンを作り、サイズバリエーションを増やして、引き合いがあれば全部取引させていただき販売していました。とにかく売ることばかりを考えていたのですが、その結果値崩れが起こってしまいました

ーーどのくらいの値崩れが起きたのですか?

例えば藤田金属では3,000円で販売したいと考えているフライパンが、1,980円で販売されていたりと様々な販売店で値下げ合戦が起こりました。値下げと共に出荷量は増えていきますが、フライパンの価値が下がりブランドとしては良くない状態になってしまいました。

ーーその状況を見て藤田さんはどうされましたか?

安く売られていることに違和感を感じました。せっかく1個ずつ職人が作っているのを知っているので、もったいないなと思い価格を守る方法はないか考えました。そこで生まれたのが『フライパン物語』という自社製品です。サイズ、内側の加工、カラー、持ち手などをカスタマイズして1個ずつ作るので値崩れが起きません。加えて、自社サイトでのみの販売にすることで価格をきっちり守りながら販売できると考えました。

ーーカスタマイズの製品は藤田金属にとって初の取り組みだったのですね。

そうです。販売し始めて個人の方からのたくさんご注文いただきました。でも、カスタマイズされた1つ1つ違う製品を作るのは慣れておらず、うれしい悲鳴ですが現場は大変でした。そしてその後すぐに始めたのが、法人様向けのオリジナル製品製作というサービスです。

ーー法人様向けのオリジナル製品はある程度まとまった数の受注ということでしょうか?

そうです。1個から作ることもできますが、法人様からのご注文はほとんどが数百個~数千個です。これを機に法人様からオリジナルフライパンのご注文をいただくようになり、今でもお取引が続いている法人様もいらっしゃいます。
自社製品も、法人様向けのオリジナル製品も主に売り方を工夫した話ですが、値段と利益を守りながらやっていける方法だと思いました。

ーー法人様へのPRや宣伝はどのようにされましたか?

展示会に出展した時のお問い合わせからお取引が始まることが非常に多かったです。既存のお客様にはチラシを配布して宣伝していました。あとは、プレスリリースをきっかけにテレビや雑誌でもご紹介していただきました。その効果も大きかったです。

持ち手の開発に2年を費やした自社製品

藤田金属の自社製品鉄製フライパン『フライパンジュウ』です。鉄フライパンとして食材をおいしく調理することはもちろん、スライド式の持ち手を外すことでそのまま食卓に出しても違和感のないお皿にもなります。「つくる」と「たべる」を一つにする町工場のフライパンです。

ーー『フライパンジュウ』はどのような経緯で誕生したのでしょうか。

『フライパン物語』ができて、その後に考えたのは今の自社製品には何が足りないのかということです。考えてみると、デザインが足りてないという話になりました。デザインに関しては社内では難しかったので、以前からお付き合いのあったTENTさんというクリエイティブユニットにフライパンのデザインをお願いしてみることにしました。

ーーTENTさんにデザインをお願いしようと考えた理由はありますか?

TENTさんとは、以前から金属加工のご依頼をいただくことがあって繋がり自体はありました。自社製品のデザインについて考え始めた時に、既にTENTさんと一緒に製品開発をしていた大阪の町工場仲間に「一度、TENTさんに頼んでみたら良い」と強く勧められました。私たち町工場のことをよくわかってくれている方だと知っていたので、お願いすることにしました。

ーー『フライパンジュウ』はヘラ絞りという製法が使われていますが、この製法にした理由はありますか?

プレス機だと上型、下型、打ち切り用の金型が必要ですが、ヘラ絞り機は金型ひとつで加工ができるので先行投資が少なく挑戦できます。且つ、軽く仕上がるというメリットがあります。

ーー弟さんや従業員の皆さんはどんな反応でしたか?

デザイナーに頼んだからと言ってうまくいくとは限らないし、しんどいだろうと思っていたと思います。でも私の中ではやると決めていました。鉄製フライパンで持ち手が着脱可能な商品がなかったので、そういう製品を作りたいとだけ伝えてデザインしてもらうと1回目でこの形ができあがってきました。

ーー藤田さんの理想が忠実に表現されていたのですね。

はい。はじめて見た時にこれしかないでしょうと思いました。普通なら社内に持ち帰って相談しますが、このときは即決でしたね。でも大変だったのはそこからでした。

ーーどの部分が大変でしたか?

フライパン自体はすぐにできましたが、このスライド式で着脱できる持ち手がなかなか完成しませんでした。持ち手の開発だけで2年くらいかかりました。金属だけでこの機構を作るのは想像以上に難しく、もう完成できないんじゃないかと思うくらい苦労しました。やっと完成して、はじめは100名様限定で販売しました。どんな使われ方するのかわからなかったので不安もありましたが、クレームも問い合わせもなかったので、2019年1月に正式販売に至りました。

藤田金属公式ホームページより

ーー正式販売を開始した時お客様の反応はいかがでしたか?

販売して3、4ヶ月くらい経った頃に雑誌やメディアから取材が来たり、注文もたくさんいただくようになりました。結構良いスタートダッシュが切れたと感じていました。

ーー社内の皆さんどのような反応でしたか?

売れるようになってくると弟や父親もすごく乗り気になってくれて、新しいサイズを作る時も積極的に金型を作ってくれました。それは嬉しかったですね。

ーー開発で苦労されたと伺いましたが、販売についてはいかがでしたか?

私は営業として何としてでも「売らなあかん」と思っていました。でも、販売に関しては商品が先に走ってくれたような形で、販売を開始してからはあまり苦労はなかったです。

『フライパンジュウ』の詳しい開発ストーリーは以下の公式サイトを是非ご覧ください。クリエイティブユニットTENTのお二人と藤田さんによる対談もございます。

PM4:55終業 5時には全員退勤

ーー藤田金属の従業員さんの平均年齢は35歳だと伺いました。

そうですね。ここ2年ほどで若い方が一気に増えました。求人を出すと若い方からの応募が多かったです。実は特別なことはしていないのですが、社屋が新しくなって若い方にも関心を持ってもらえるようになったのかもしれません。

ーー新しく入ってきた方への教育はどうされていますか?

教育は現場の責任者である私の弟と、製造部長の2人に任せています。工程を順番に巡りながら覚えていくのが基本です。最近は機械にセンサーがあり危険な時は停止するので、昔より怪我の心配が減りました。

ーー休日の数や働き方はいかがですか?

うちは残業をしないので、朝7時55分に仕事が始まり4時55分に終業ですが、5時にはもう誰もいません。その点は働きやすいと思います。私たち兄弟で打ち合わせする際も、会議のような形は取りません。終業後に30分ほど雑談のように対応するべきことや検討事項などを話しています。

ーー会議はしないのですね。

会議したことも何回かありますが、雑談っぽくする方が自分たちには合っていて気軽にコミュニケーションが取れるとわかりました。やはりその辺りは家族同士だからかもしれません。

ブランディングとはものづくり

ーー自社製品は今後どのように展開していきたいとお考えですか?

『フライパンジュウ』に関しては海外展開をもっと広げていきたいです。世界には色々なフライパンメーカーさんがいますが、『フライパンジュウ』のような構造を持つ鉄フライパンは海外にもほとんどありません。販売開始1年目でフランスやドイツの展示会に出展しましたが、結構引き合いがあり販売にも繋がりました。

ーー海外への販売は最初から考えていたのですか?

最初は考えていませんでした。以前から視察のために海外の展示会には足を運んでいましたが、海外で販売してみたいとすら思っていなかったです。でも日本で人気が出て、もしかしたらと試しに海外の展示会に出したところ反応が良く、本格的に海外販売を意識し始めました。コロナがあり、継続的にとはいかなかった案件もあるので、これからまた復活に向けて動く予定です。

ーー自社製品開発について大事だと考えていることはありますか?

製品そのものの力が本当に重要だと感じます。製品開発をして、多くの方に製品を使ってもらえるようになりましたが、開発当初から今までを振り返ると、“製品そのものが走ってきたな”と感じます。もちろん宣伝やアピールは必要ですが、製品そのものが魅力を持っていなかったらここまで支持いただけなかったと思います。

ーー改めて、自社製品は藤田金属にとってどんな存在ですか?

最近は藤田金属を背負ってくれている存在です。結果として藤田金属を盛り上げる存在になってくれましたし、それがきっかけで既存の製品も売れるようになっていきました。「会社のブランディング」という言葉をよく聞きますが、私はブランディングってものづくりのことじゃないかと思うんです

ーー「ブランディングはものづくり」ですか。詳しく教えてください。

製品を差し置いて会社だけが良くなる、トップだけが良くなることってできないですし、できたとして長続きしないと思います。製造業として一番長く続くのは、まず良いものづくりをすることだと思います。そうすれば会社や周りも付いてきて良い方向に向かっていくのではないかと思います。見せ方の工夫も必要ですが、本当にいいものを追求して作らないと自社製品としての価値は伝わらないです。

ーー今後、藤田金属をどんな会社にしていきたいですか?

テーマは現状維持です。この業界はそもそも浮き沈みの激しい業界ですし、会社を大きくしようとは思っていません。現在19名で仕事していますが、この規模のままどこまで世界と戦えるかという挑戦をしています。19名しかいない会社で世界に向けて様々な製品を作り、どこまで届けられるかというチャレンジです。

ーー今の形のまま、目線は世界に向けているのですね。

そうですね。今の私たちができる範囲でやっていきたいです。会社を大きくする予定はないですし、従業員を沢山増やすこともせず、引き続き残業もしないので、時間はかかるかもしれないですが、待ってでも使いたいと思ってもらえる製品を作りたいです。

藤田金属株式会社
所在地 大阪府八尾市西弓削3丁目8番地
代表 藤田 盛一郎
会社HP 藤田金属
公式ECサイト ふらいぱんヴィレッジ

編集後記

「ブランディングはものづくり」という言葉が印象的だった今回の取材。「これ(記事の中で紹介している自社製品の『フライパンジュウ』)があったから今こうなっている。商品が良くないとブランディングは成り立たない」というお話からは、ブランディングとは何なのか?について藤田さんの実感としての答えがあるように感じました。
これからも様々な町工場のブランディングを取材していきたいと思います。

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