第1回(前編):針供養に見るものづくりの神々〜日本人が「もの」に魂が宿ると考えるワケ〜
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第1回(前編):針供養に見るものづくりの神々〜日本人が「もの」に魂が宿ると考えるワケ〜

ものづくり新聞

はじめに

日本のものづくり(製造業)は世界の中でも技術力が高く競争力があると言われてきましたが、中国韓国やアジアの国々の台頭や日本の「失われた10年」により、これまで培ってきた日本のものづくりの競争力を失いつつあります。
 
ものづくり新聞は数多くの日本の技術者の方々や代表の方々を取材してきましたが、これまでとは違う取り組みにチャレンジし、今後の新しいものづくりを模索されている様子を拝見しています。職人の技術から標準化・ルール化へ、プロダクトアウトからマーケットインへ、アトツギベンチャーの取り組み、顧客接点の強化などです。
 
一方で、日本には長いものづくりの歴史があり、それらを踏まえた時に日本でのものづくりに対する考え方や精神性があるのではないかと考えられます。
 
本企画は、日本の歴史を踏まえながら、日本のものづくりの特徴を今一度確認し、これからの新しい取り組みへ寄与できればとの想いから企画しました。ものづくり新聞編集長の伊藤宗寿と、人文学(主に日本文学・文化)と経営学の観点から社会人教育に携わる奈良美代子さんとの対談形式により、ウェブ記事として公開いたします。
 
企画趣旨について詳しくはこちらを御覧ください。

第1回のこの記事では、「針供養に見るものづくりの神々」と題し、針供養に代表される「もの」を神様として信仰する日本のものづくりについて古代からその歴史を辿ります。

(1)「針」という「もの」を大切にする「針供養」

日本には針供養という風習があります。先日岡山県美作市の繊維機械に使用する針を製造する「ウィーブハリサ」の米戸潤さんとお話していたときに、その話題になり、どうして日本では針を供養するのか気になりました。そこで、針供養や針について調べてみました。

針供養とは?

「針供養」とは、女性が針仕事を休み、古い針や折れた針を柔らかい豆腐やこんにゃくなどにさす、川に流す、神社に納めるなどして、長年働いてくれたことに感謝し供養する風習です。日本全国で「こと八日」と言われる12月8日もしくは2月8日に行われていますが、地域によっては両日行われています。
 
この風習は9世紀から行われていると言われており、これも非常に歴史のある風習です。(Wikipediaより

世界的には成長傾向にある針市場

針、と一言で言っても実にさまざまな針があります。裁縫用の針、医療用の針、釣り針、鍼灸用の針(鍼)、時計の針、レコード針、もっとたくさんあります。私たちの生活にはなくてはならない製品です。
 
統計データが見つけられなかったのですが、おそらく針全般で言えば市場は拡大しているのではないかと推察しています。世界的に見れば衣料品製造は成長しており、衣料品の裁縫には針が必要です。
 
医療用の注射針も大変な市場拡大を見せています動物用の給餌針といった新しい需要も増えているようです。

針の歴史

針の歴史は人類の歴史に近く、旧石器時代には既に骨で造られた針があったということです。毛皮を縫って寒さをしのぐために使われていたと考えられています。(Wikipediaより

古事記に出てくる針

日本神話の『古事記』にも、毎晩娘のもとに通ってくる男の正体を突き止めようと、糸を通した針を男の服の裾に刺して糸をたどっていく話しなど、針にまつわる話しがいくつか収められています。

なら記紀・万葉サイトより

東京都鍼灸師会によると、中国や日本では、医療用の注射針というものが出るずっと前から、鍼灸用に針(正確には鍼と表記)を使ってきました。これも歴史が古く、数千年前から中国では鍼治療が行われ、日本でも奈良時代の記録にあるそうです。

広島針

針を作る地域は日本各地にあり、特に有名なのは広島針です。手縫い針の生産量国内シェア9割が広島だそうです。また、全生産量の73%が海外に輸出されているのだそうです。(Wikipediaより

編集長:このような市場や歴史のある針ですが、「針」という「もの」を供養する発想が、おもしろいなと思いました。
 
奈良:針供養だけでなく、私たちの普段の生活の中でも、長年使った「もの」を処分するとき、お祓いや供養してもらう、お清めのお塩やお酒をふりかけて処分することがあります。日本には「もの」に対して人や神様、魂が宿った何かとして扱うところがあり、「もの」を単なる物体ととらえていない心象がありますね
 
そのような心象を、「もの」と「ものづくり」を巡る信仰という観点から考えてみたいと思います。

(2)「針供養」の背景にある製鉄にまつわる信仰

針と鉄の産地の関係

奈良:もう少し針のお話をしたいと思います。針というのは鉄からできていると思いますが、今の針のお話しにあった岡山や広島などの中国地方の山陰側は、真砂砂鉄(まささてつ)と呼ばれる純度の高い砂鉄が多く含まれる地質だといわれています。出雲地方に現存するたたら製鉄のことなどを考えると、中国地方の山陰側の辺りは製鉄に向いた土地であり、それによる製鉄の歴史があったことで、針をつくる会社が誕生し、発展したと考えられているようです。

出雲國たたら風土記ホームページより

 編集長がこの対談を企画されるにあたって読まれた成城大学の三田村佳子先生による論文には、針供養の背景には製鉄にまつわる信仰があるのではないかという仮説がありました。それは製鉄が盛んだったこの土地に製針業の企業が多く集まっていることからも、うなずける説だと感じました。

針供養と製鉄にまつわる信仰の関係

奈良:三田村先生の説では、針供養が行われる「こと八日」には、東日本では、一つ目の一本足の妖怪がやってくるという言い伝えがあり、それを忌む、避ける、払うといった風習であったとありました。一方西日本では、特に中国地方の日本海側では、12月8日の「コト八日」前後に、冬の季節風が吹いてハリセンボン(針千本)という魚が打ち上げられるという伝承があり、それを祀る風習であったということでした。
 
その季節風は、製鉄で火を起こすのに必要な風であったことが指摘されていました。そしてその1ヶ月前の11月8日には、「ふいご祭り」という製鉄に必要な風をおこす道具「ふいご」が天から降ってきた日として、鋳物師、鍛冶屋などの金工業者は、仕事を休んで仕事場を払い清め、道具を休めて、金山様というと金属・製鉄にまつわる神と風を祀っているということです。
 
この「ふいご祭り」は別名「たたら祭り」とも言われ、金山様以外の製鉄の神を祀るようですが、その神が一つ目の一本足の姿をしている、つまり針の形であるということにも言及されていました。
 
このように針供養を製鉄にまつわる信仰から、民俗学の見地からとらえていて、とても興味深く拝読しました。

神話の世界に現れる金属・製鉄の神々

編集長:今のお話しのなかで「たたら製鉄」のお話しが出ましたが、島根県奥出雲町にある「日刀保(にっとうほ)たたら」は、たたら製鉄で玉鋼(たまはがね)の製造を行っています。日本で唯一現存するたたら製鉄で、日本刀の真剣(しんけん)はたたら製鉄の玉鋼でつくられているようです。

出雲國たたら風土記ホームページより

奈良:出雲には出雲大社もあり、神々に関する伝説が多い土地でもあります。関わりが直接的に描かれているわけではないのですが、日本神話の中でも針や製鉄にまつわる信仰を感じることができます。

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説の神

まず、出雲大社に祀られているオオクニヌシの祖先は、アマテラスに高天原を追放されたスサノヲです。彼は現在の島根県の斐伊川(ひいがわ)に降り立ち、ある姫を助けるためにヤマタノオロチを退治します。切り裂いたヤマタノオロチの腹から出てきたのは三種の神器の一つとなっている草薙剣(くさなぎのつるぎ)です。

島根県ホームページ「たたら製鉄の遺構と文化」より

斐伊川は良質な砂鉄が取れるらしいのですが、ヤマタノオロチはその川が砂鉄採取による土砂の堆積で氾濫する様子に見立てられたものであり、草薙剣はその砂鉄でつくられた剣であるという伝説が、地元には伝わっているそうです。
 
編集長:たたら製鉄がない古代は、鉄分の多い水辺で育った葦(あし)や茅(かや)の茎周りに、鉄分が徐々に固まって筒状のスズができていたそうです。スズ(鈴)は褐鉄鉱ですから鉄の原料となります。これを熱して矢じりなどを作っていたようです。(「古代の鉄と神々」ちくま学芸文庫より)
 
奈良:そのお話を聞いていて思い出したことがあります。『古事記』では、オオクニヌシが出雲につくった国を「葦原中国(あしはらのなかつくに)」というのですが、なぜ「葦」という、なんていうことのない植物が国の名前になるのだろうとずっと疑問に思っていたのですが、そういう考え方があるのですね。製鉄が国造りに欠かせないものであったことを彷彿とさせますね

金属・製鉄の神々

奈良:三田村先生の論文に金山様という神が出てきます。金山様にはカナヤゴ(金屋子)というたたら製鉄の現場の神と、国生み神話のイザナミを母とするカナヤマヒコ(金山毘古神)・カナヤマビメ(金山毘賣)という金属の神の二系統が考えられます。
 
カナヤマヒコ(金山毘古神)・カナヤマビメ(金山毘賣)は、イザナミが火の神を産み落としたときに大火傷を負ってしまうのですが、イザナミが七転八倒の苦しみのなかから出した吐瀉物で成った男女神だと言われています。吐瀉物を火山から溶岩が流れる様子に見立てているとの説があり、火の神との関連で金属、製鉄の神と考えられています。
 
カナヤゴ(金屋子)は『古事記』や『日本書紀』などの日本神話には登場しないのですが、出雲の金屋子神社に祀られている神で、たたら製鉄をつくったとされる神です。女性の神と考えられ、死の穢れ(けがれ)を嫌わない神と考えられています。「ジャパンナレッジ」データベースによる)
 
カナヤマヒコ(金山毘古神)・カナヤマビメ(金山毘賣)の母神イザナミが、火の神の出産とそれによる死の穢れによって黄泉の国に閉じ込められたことを考えると、カナヤゴ(金屋子)にはイザナミの面影を感じると当時に、製鉄の信仰には火の神と女性神が何かしら関わっていると感じます。
 
編集長:「針供養」のもととなっている和歌山県の淡島信仰は、婦人病に効き目があると信じられているそうですが、それも女性の神です。たしかに針供養と女性の神と製鉄の女性の神々、何か通じるものがありますよね
 
奈良:また、ふいご祭りが行われる日、別の地域では火の祭りが行われているそうです 。風とともに製鉄に欠かせないもう一つの要素である火の神を祀る日でもあるのかもしれません。
このほかにもまだ針や製鉄に関係がありそうなお話しがあるのですが、また別の回でご紹介できたらと思います。

後編

第1回:針供養に見るものづくりの神々〜日本人が「もの」に魂が宿ると考えるワケ〜(後編)では職人集団の信仰と職人に対する敬意と畏怖職人が作り出す「もの」とは何か?について迫ります。

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