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社員20名の熱処理の町工場が最優先に取り組む人事評価制度 「スキルアップ制度」で社員の“次の一歩”を促す

熱処理という言葉はご存知ですか?

製造業に従事されている方々は聞き慣れている言葉かもしれません。神奈川県大和市に本社を構える武藤工業株式会社は、熱処理をはじめとする表面処理や機械加工をメインとする会社です。

外観

武藤工業株式会社は製造技術だけでなく、働き方や環境の整備にも力を入れています。本日は取締役の松川羽呼(まつかわ わこ)さん、現場担当の栗田一真(くりた かずま)さんにお話をお伺いしました。

取締役 松川羽呼さん:アパレル、ホテル、そして熱処理の道へ

松川1

🗞松川さんの自己紹介をお願いします。

松川さん「服飾系の大学を卒業後、アパレルメーカーでOEM製品の営業や、ホテル業界で旅行代理店向け営業を経験した後、武藤工業に入社しました。武藤工業は私の父が社長を務めていまして、最初は事務のお手伝いや社内の清掃をさせてもらっていました。徐々に、会社のために何ができるだろうかと真剣に考えるようになり、社員として数年働き、現在は役員という形です。」

🗞アパレル業界もホテル業界も、きっと体力的にも大変なお仕事だったのだと思います。

松川さん「最初は華やかな世界に憧れて飛び込みましたが、実際に入ってみると苦労も多々ありました。でも、とても勉強になりましたね。」

🗞様々な業界をご経験されたのですね。武藤工業で社員になろうと思ったきかっけはありますか?

松川さん「私が武藤工業に入社した時は、40代、50代の社員が多く、その9割が男性でした。当時その状況を目にして、”この会社は今後どうなっていくのだろう、若い人がいないけど大丈夫なのかな“と純粋に疑問に思ったことがきっかけです。そこで社長や関係者に話を聞くと、もちろん若い人は採用したいということだったので、だったら改善点は沢山あるだろうと思い、社員として様々な改善に取り組もうと入社を決めました。」

🗞松川さん、趣味は何かありますか?

松川さん「ゴルフは父に教わったのがきっかけで続けていますが、小さな子供がおり、まだまだ手が離れないので最近は行けないですね。落ち着いたらまたゴルフしたいなと思っています。」

🗞御社のある神奈川県大和市はゴルフ場が近くにあるエリアですよね。

松川さん「そうですね。割と近くにゴルフ場があるので、さくっと行けたらいいなとは思っているのですが、なかなか難しいですね。笑」

社員全員が技能者資格を持っている!

🗞武藤工業さんはどんな会社でしょうか?

松川さん「金属熱処理、表面加工処理、メッキ処理などが事業の中心です。岩手県北上市にも営業所を構えています。弊社の強みは、なんといっても技術知識や品質管理の部分です。それに加えて、スピードある対応を心がけています。」

栗田1

🗞技術知識や品質管理について、具体的にはどのような取り組みを行っているのでしょうか?

松川さん「熱処理は処理後の変形を少なくするために品質管理や経験に基づく判断が重要です。例えば、炎の色で判断するなど今でも職人の知識に支えられています。よく“目に見えない品質”と表現されるのですが、私たちは品質の見える化に挑戦しています。具体的にはISOの取得や、検査成績書の添付、社内独自のトレーサビリティ*システムの構築などに取り組んでいます。」

*トレーサビリティ:「その製品がいつ、どこで、だれによって作られたのか」を明らかにすべく、原材料の調達から生産、そして消費または廃棄まで追跡可能な状態にすること

🗞なるほど。熱処理品質の見える化に取り組んでいるのですね。熱処理Q&Aというコンテンツも提供されていますよね。

松川さん「4年程前から熱処理に関して、初心者から専門家まで参考にしていただけるように知識や技術などを公開しています。弊社の企画開発部の部長が専属の担当者として毎週更新していて、ひと月あたり18,000PV程になります。お客様からの相談や疑問にお答えする内に、様々な試行錯誤や知識が社内に蓄積されていき、こういった形になりました。」

🗞熱処理は品質が見えにくいとおっしゃられていましたが、実際に現場で製造されている方々はどういった心境なのでしょうか?

松川さん「先代の社長曰く、熱処理は“今でも勉強だ”というくらい奥が深い世界です。製造業ではありますが、品質を追い求め日々研究というイメージの方が近いと思います。ゴールがないからこそ追求したいという方には向いていると思います。近年入社した若手社員もそこが面白いと言ってくれています。」

栗田2

🗞なるほど。先ほど、スピードある対応を心がけているとおっしゃっていましたが、熱処理の製造は時間がかかるのではないかと思います。具体的にどんな部分でスピードを出すことを心がけているのですか?

松川さん「製品を仕上げるために必要な時間は決まっているので、それ以外の周りの環境でスピードを心がけています。例えば、弊社では従業員全員が技能者資格を取得しているため、お客様から注文や納期についてお問い合わせがあった時に、電話を受け取った者がすぐ回答することができます。営業担当者に電話を回さずとも回答できるので、お客様をお待たせすることがありません。もちろん具体的な納期や品質に関する細かい問い合わせには追って営業担当が回答しますが、“ちょっと聞きたい”というお客様も多くいらっしゃいます。簡単な相談やお問い合わせに対して、すぐに回答できるのは弊社の強みです。」

🗞事務の方に熱処理のことを聞いても答えていただけるというのはすごいですね!

松川さん「お客様に対して少々お待ちくださいと言うことなく、知りたい情報をすぐ伝えることができるのは強みですね。とあるメッキ会社さんがお電話ですぐに回答できる取り組みをされていたのを自分たちが体験し、それに憧れて弊社にも導入しました。」

働きやすい職場〜環境づくり〜

🗞ものづくり新聞として注目しているのが、武藤工業さんの社内の取り組みです。まず、若手社員の採用にも積極的に取り組まれたのですよね。

松川さん「ここ5年程若手社員の採用には力を入れており、今では全体の約半分が20代〜30代です。私が武藤工業に入社した時から、若手社員や女性の方を増やしたいという思いがあり、実現させています。」

🗞女性の方は何名くらいいらっしゃるのですか?

松川さん「本社には私含めて2名、東北支社には1名います。最近まで女性の営業担当者が在籍していたのですが、結婚を機に退職することになりました。個人的にはかなりショックでした・・・。でもとても幸せで喜ばしいことですからね、心より祝福させていただきました。最近では子供が生まれました!と報告を頂けてとても嬉しかったです。」

🗞製造業だとなかなかリモートワークも難しいですよね。結婚したり、お子さんがいても働ける環境などができれば良いですよね。

松川さん「次の私の目標がまさに、企業内託児所の設立なんです。女性の働く環境を考えた時に、やっぱりそこに行き着くんですよね。私自身も子育てしている身なので、いつか実現させたいと思っています。」

松川3

🗞採用に関して、具体的にはどのように取り組まれましたか?

松川さん「正直、初めから熱処理にとても興味があるという若い方はいません。でもそれって正直でいいなと思っていて、ホームページを見ても難しくてよくわからないけど、製造業に興味があるんですという社員が多いです。みんな、入社してから勉強して今では活躍してくれています。あと、一番考えたのは募集要項です。働く条件や環境についてですね。」

🗞どのような募集要項にしたのですか?

松川さん「自分のライフスタイルに合った働き方が求められていると感じたので、会社がその環境を提供できなければ、若い人がなかなか入ってこないのは当たり前です。例えば残業について会議をする中で、残業を減らしたからといって、売上が減少するわけではないと分かったので、残業を減らして休みを増やすことにしました。そういった取り組みが採用活動には大きく影響したと思います。」

🗞なるほど。入社した後長く働いてもらうためにも、働く環境の改善は重要ですよね。

松川さん「そうですね。福利厚生をしっかり整えるだけではなく、さらにそれを使ってもらえる環境も提供していかなければなりません。最近だと、ワクチン接種をした翌日の特別休暇を配布しました。中には、元気だから特別休暇使わないで出勤するという社員も多数いるのですが、“元気でも休んでいいですよ。熱が出るかもしれないし休んでくださいよ。”と、私たちが言うようにしています。そうすることで、休みやすい空気はできますよね。」

🗞なるほど。制度が使いやすい雰囲気を作ることも重要ですね。

松川さん「女性の特別休暇も、制度としてはあっても使いにくいという方もいます。次の目標としては、様々な制度を使いやすくすることですね。」

🗞先程、残業を減らしたとおっしゃっていましたが、実際にはどうですか?

松川さん「減りましたが、やはりゼロにはならないですね。忙しい時期には残業せざるを得ないこともあります。でもそんな時は、残業代とは別にお疲れ様でしたボーナスを支給するなど、社員の気持ちが折れないように何ができるかは考えています。」

働きやすい環境〜モチベーションアップ〜

🗞スキルアップ制度というものを導入されたと伺いましたが、どういった制度ですか?

松川さん「頑張った人には頑張った分の評価をあげたいという思いから始まった制度で、評価のタイミングは年2回あり、賞与の算定資料として記録しています。

スキルアップシートの作成
     ↓
3回の面談 (本人、直属の上司、松川さん)
 前期:目標設定 
 中間:進捗状況の把握、アドバイス
 最終:達成度合いの確認、評価
     ↓
賞与算定資料として社長に提出

一回の評価につき、面談は3回あるので、1人当たり年間6回行っています。」

🗞社員の方全員に対して、1人年間6回というと結構な数ですよね。

松川さん「対象の社員約20名に対して、年間合計120回くらいにはなりますね。大変ですが、私は現場にいる時間も少なく、一緒に営業に出ているわけでもないので、この面談が社員のことを知る良い機会にもなります。“みんな、どういう仕事をしているのか教えて!”という感じもありますね。業務に直接携わっていない私にだからこそ言えることもあったり、私も理解を深めることができています。」

🗞スキルアップ制度はいつから始めたのですか?

松川さん「3年前ですが、まだ改善途中です。内容もやり方も試行錯誤しながら行っています。ちょうど今現在も面談中なのですが、今回問題点として上がってきているのは、この制度がどのくらいの割合で賞与に響いているのかが曖昧だという点です。モチベーション向上のための制度なので、これはどうにかしないといけないなと思っています。通常賞与とは別にスキルアップボーナスの様な形で評価した方が良いのかなと思っていますが、現在相談している段階ですね。」

栗田3

🗞現場で作業されている方の目標設定や、評価は一般的に難しいのではないかと思います。売上額や個数では測れない部分ですよね。どのように目標設定し、評価しているのでしょうか?

松川さん「おっしゃる通りで、業務を点数化して測ることは難しいと思います。スキルアップ制度を導入したばかりの頃、これができたら○点のような一覧を作成したこともありましたが、うまくいきませんでした。試行錯誤して行き着いたのは、自分が会社で何をしたいか、どんなことに興味があるのかということです。それが目標になって、達成に向けて取り組むことでゆくゆくは会社への貢献にもなるし、自分の自身の貴重な経験にもなるという考え方ですね。」

🗞なるほど。定量的とは限らず、定性的なことを含めて設定されているのですね。スキルアップ制度の内容は専門家に相談してこういった形になったのですか?

松川さん「最初はスキルアップ制度を専門にやられている会社から教わって、そのままやってみたこともありました。でも、点数化しにくいという課題など、なかなか武藤工業にフィットしなくて、結局自分たちに合ったスキルアップ制度を作るしかないと考え、今に至ります。」

時にはライバルも参加 熱処理勉強会

🗞武藤工業さんの特徴の一つに、熱処理勉強会がありますよね。外部の方も参加可能なのが驚きでした。

松川さん「熱処理勉強会は週に1回実施しています。今年からは外部講師を招いてオンラインでの実施も始まりました。武藤工業の社員はもちろん、外部の方々も参加いただけます。機械加工業で熱処理を学びたい方や同業他社の方など、様々な方にご参加いただいています。」

🗞社内向けに勉強会を開催しているケースは結構ありますが、社外も参加できるようにされている会社は珍しいと感じます。

松川さん「弊社にとってもメリットがあるんです。外部の方々が参加することで新しい観点からの質問が出たり、社内だけではわからなかった問題点に気付くこともあります。時には同業他社の方にご参加いただくこともあり、ここまでは教えられるけどこの先は・・・。という葛藤もありますね。笑」

松川2

🗞最後に、松川さんの夢や目標を教えてください。

松川さん「武藤工業で私ができることは、社員が働きやすい環境を整えることだと考えています。
武藤工業はものづくりの会社ですから、まずは製造技術で信頼を得ることが大事です。そのためには、やはり中で働く社員を大事にしなければいけないのです。そして、働く人を大事にするということは、環境や制度を整えることに繋がります。具体的には、福利厚生や制度の充実、それらを誰もが使うことのできる環境を作ること。今後は企業内託児所の他、食堂やカフェテリアの設立などを考えています。」


ここからは、武藤工業株式会社の社員の方にインタビューしました。

環境整備やスキルアップ制度など、会社として様々な取り組みをしていますが、中で働く社員はどう感じているのでしょうか?入社3年目の栗田一真さんにお話をお伺いしました。

入社3年目 栗田一真さん:手に職を付けたいと思い、飛び込んだ熱処理の世界

栗田さん

🗞栗田さんはどのような業務を担当されていますか?

栗田さん「主に、熱処理真空炉を稼働品質管理歪みの修正業務を担当しています。歪みの修正は様々方法があり、部分的に熱して修正したりプレスで押し込んで修正したりしています。」

🗞前職はどのようなことをされていましたか?

栗田さん「以前は、貿易事務の仕事をしており、熱処理や製造業は全く未経験の分野でした。」

🗞未経験ながら、製造業に飛び込んでみようと思ったのは何故でしょうか?

栗田さん「転職を考えた時に、手に職をつけたいと考えました。スキルを持っている人って強いなと思ったんですよね。」

🗞なるほど。数ある会社の中から武藤工業さんを選んだのは、何が決めてでしたか?

栗田さん「募集要項や勤務条件などももちろんありますが、面接の際に感じた雰囲気の良さに惹かれました。未経験でも安心して働ける様な環境だなと感じ、入社したいと思いましたね。あと、熱処理のことはわからなかったですが、ホームページを見てカッコいいなと感じ、興味を持ちました。」

🗞実際入社されてどうですか?

栗田さん「知識的な部分はテキストや熱処理勉強会で学び、技術的な部分は業務を行いながら先輩方に教わっています。奥が深い世界で、やればやるほど面白く感じています。」

栗田さん作業風景1

スキルアップ制度って、実際どうですか?

🗞いくつかある会社の取り組みの中で、栗田さんが良いと感じる取り組みはありますか?

栗田さん「やはりスキルアップ制度ですね。ひとりひとりに合った人材育成だと感じています。また、会社が自分に対してどんなことを求めているかを確認できる機会でもあります。工場長や松川取締役と面談をし、こういうことも考えてやらなきゃいけないんだなという気付きがあったり、会社側の意見や思いを知ることもできて、また頑張ろうと思えますね。あと、単純に取締役など普段会話する機会のない方々と話す機会があるというのは良いなと思います。」

🗞具体的にはこういう業務もしてほしいとか、この部分スキルアップしてみてほしいと言ったアドバイスを貰っているのですか?

栗田さん「そうですね。実際私はスキルアップの一環で、工程管理の業務を担当することになりました。現在進行形で取り組んでいることで、これから最終面談なのですが、これまでやったことのない業務に自分なりに取り組んでいる最中です。」

🗞松川さんは、頑張った人が頑張った分だけ評価される様にしたいとおっしゃっていたのですが、栗田さんは制度や評価に対してどう考えていますか?

栗田さん「評価も大事ですが、このスキルアップ制度は自分自身のための制度だと思っています。スキルアップ制度があるからこそ、様々なことに取り組むようになり、それが何よりも自分のスキルアップに繋がっていると感じます。」

🗞最後に、栗田さんの夢や目標を教えてください。

栗田さん「技術はまだまだ未熟ですが、尊敬している先輩方のように上を目指してスキルを磨きたいです。」


武藤工業株式会社
所在地 神奈川県大和市下草柳825-4
代表取締役 佐藤卓弥
🔗HP https://www.mt-k.com/


〜🗞ものづくり新聞による編集後記🗞〜

編集部としても常々課題だと感じている“人材育成“や“人を大事にする“という部分について、具体的な取り組みを伺うことができました。

評価制度を導入したいと考えていても、何を基準に評価したら良いのかが定まらず、なかなか取り入れられないという製造業の方々も多いのではないでしょうか。評価の方法や制度はいくつかありますが、製造業は特に自社に合った方法を取らなければ定着しないと感じます。

武藤工業さんは試行錯誤の結果、自分で目標を立てて達成に向かい、その度合いで評価するという方法に至りました。この方法は、面談をこまめにし、社員の取り組みや考えを会社が丁寧に把握する必要があります。業種によって合う合わないはありますが、製造業の評価制度の一つとして、武藤工業さんの取り組みを参考にしてみてはいかがでしょうか?