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日本で6社しかない革漉きの仕事を未来に繋ぐ 株式会社伊藤登商店 伊藤 勢一郎さん

今回編集部が取材したのは「革漉き(かわすき)」を行っている工場です。革漉きとは、簡単にいうと革を薄くする作業のことです。皆さんの手元にある革製品のほとんどは、革漉きによって薄くした革を加工して作られています。薄くすると言ってもその道は奥深く、どのくらい薄くするかは扱う革の種類や部位によって変わります。

革はこのように丸められて保管されています

株式会社伊藤登商店ホームページ(革製品の特徴について紹介されています)

お話を伺ったのは株式会社伊藤登商店の伊藤勢一郎(いとう せいいちろう)さんです。伊藤さんの革漉き工場は、2022年の始めに建物工事中の火花によって火災に見舞われてしまいました。現在、工場再建に向けて取り組まれている最中です。その間、社員のみなさんは近隣の同業他社で働いておられます。今回は、出向中である青葉革漉株式会社さんの工場にて取材させていただきました。

伊藤 勢一郎さん

ーー墨田区、台東区は革漉き工場が多いですが、理由は何ですか?

昔、台東区の川沿いに日本で初めての靴工場が出来たと聞いています。それがきっかけで、その周辺に革屋が集まったようです。あと、革を作るには大量の水が必要です。革1枚作るのに25mプール一個分の水が必要とも言われています。ですので、川が多くて水が豊かなこの地域に革屋が多いんです。

ーーなるほど。伊藤さんが革を扱う仕事をするようになってどのくらい経ちますか?

伊藤登商店に入社して12年になります。4年前から父の跡を継いで代表取締役になりました。それ以前は全く別の業界で、大手ファストフードチェーンで働いていました。

ーー子供の頃から革は身近でしたか?

そうですね。常に革が身近にある環境でした。子供の頃はたまに取引先の革工場に連れて行ってもらっていました。

ーーその時の工場や仕事の印象はどうでしたか?

父が取引先でいろんな交渉をしているのを見て、社長だし偉いんだろうなと思っていたくらいです。

ーー将来継ぐことを考えたことはありましたか?

大学生くらいになると周りから『継ぐんでしょ?』と言われることが増えましたが、継ぐつもりはありませんでした。当時、両親も私に継がせるつもりはなかったようで、自分たちの代で会社を閉じる考えでいました。

ーー伊藤登商店へ入社した経緯を教えてください。

父が病気を患ってしまったことがきっかけです。この先会社をどうするか家族で話した時に、母から手紙をもらいました。ちょうどその頃はインターネットで革を販売し始めた頃で、業界的にはちょっと珍しい存在でした。昔に比べて明るい兆しが見えてきた時期でもあり、母から『できれば、やってみない?』という手紙を貰い、決断しました。

革の目利きは数値化・言語化できない領域

ーー伊藤登商店の事業について教えてください。

革の卸しとインターネット販売を行なっています。革製品メーカーさんからこんな革が欲しいと注文があったら、革を製造している「タンナー」と呼ばれる製革(せいかく)工場から革を仕入れ、革漉きをして納品しています。弊社で使っている革は栃木レザー株式会社さんから仕入れています。

ーー入社してから仕事はどのように覚えていきましたか?

私が入社した2ヶ月後に先代である父が亡くなってしまい、業務的な引き継ぎなどはほとんどありませんでした。タンナー工場で革を見て仕入れするスタイルだったので、最初はよくわからないまま工場に行って革を見て勉強していました。

革の形状がまっすぐではないのは牛の形そのままだからです この1枚は牛の半身です

ーー革を仕入れる時はどんなところを見ているのでしょうか?

言葉で説明するのは非常に難しいです。革は大体400~500枚くらい重なった状態で置かれていますが、先代はそれのどこを見ていたのかは未だにはっきりはわかりません。傷が何個あればNGかなども決まっていません。最初はどうしたら良いのか分からず、大汗かいて悩む日々でした。

ーー感覚的な部分などがわかってきたのはいつ頃ですか?

ごくごく最近の話ですね。タンナー工場の若手社員さんなどに『どういうところを見ているんですか?』と聞かれて、答えられるようになってきました。

ーー天然物である牛革は、同じ製品でも色や風合いなどが変わりますよね。

革を染める染料がどのくらい吸い込むかというのが、同じ種類の牛革でも個体によって違います。更にそれをチェックする人がいる部屋が蛍光灯なのかLEDなのか、はたまた夏なのか冬なのかによっても変わってきます。最初は少し薄めに染色して、その後希望の濃さまで確認しながら染めるなど工夫しています。

革の状態から、漉き具合を判断する

手前)伊藤登商店 伊藤貴俊さん 

ーー2022年の始めに火災に遭われたと伺いました。社員の方は現在どうされているのでしょうか?

青葉革漉工業さんと、もう一社別の革漉き屋さんに出向させていただいています。青葉さんのところに出向している伊藤貴俊(いとう たかとし)は、元々革屋で働いていた経験があり、伊藤登商店に入社しました。(編集部注:同じ伊藤さんですがご親族ではありません。)

奥が革を送る人、手前が受け取る人です

ーー革漉きの機械や仕事について詳しく教えてください。

機械に革を通し、中にある刃で革を薄くしています。表皮部分を使うので、下側の余分なところを薄く切っているような感じです。革を送る人、受け取る人の両方が必要なため基本的に2人で作業しています。

@monoshin_publica1

日本に6社しかない革漉き(かわすき)の町工場_ものづくり新聞の取材現場から

♬ オリジナル楽曲 - monoshin_publica1 - monoshin_publica1


適切な厚みになっているかチェックしています

ーー息が合っていないと難しそうな作業です。

刃をどのくらい革に当てるかで、どのくらい切れるかが変わります。また、革によって厚みも変わりますし、牛の首側の方が柔らかくお尻側が硬いという違いもあります。それを判断し、絶妙な調整によって革を漉いていきます。最終的な機械の調整は職人にしか分からない世界です。

ーー他の人は機械を触らないものなのですか?

いや、触ります。でも、最終的なところは教えてもらえません。元々、この業界って「丁稚奉公(でっちぼうこう)」の世界なんです。オーナーである社長がお父さん、弟子は子供のような感じで、お父さんが機械を設定して、子供はそれを見ていて仕事をするのが当たり前でした。

革漉き機の刃です。ベルト状の刃が常に回転しています。
手で触っている取手のような部分で、刃の当て方を調節しています。

ーー隣で見て覚えるしかないのでしょうか?

見て、やってみて、量をこなして身に付けていく世界ですね。そういう形が今も残っているので、質問すれば教えてくれますが、高齢化が進みその形も途絶えつつあります。今現在、革漉き所は日本全国で6件だけです。そしてそこで働いている方のほとんどが70代より上です。

ーー技術を次に伝えることが難しくなってきているのですね。機械も結構古くから使われているようです。

機械を修理できる人が全国で1人しかおらず、後継者がいないのでこれからどうしようかと議論になっています。新しい機械も作られていないので、メンテナンスしながら使っています。古くなった機械も、バラして部品を使うために保管しています。

手に取っている部分が漉かれた後の革です。漉かれて不要になった部分が下に溜まっています。

ーー火災で機械は無事だったのですか?

不幸中の幸いですが、機械がシンプルでアナログなので、サビくらいの被害で済みました。電子部品とかが入っているとそうはいかなかったと思います。

機械が触れて、適切な厚みが出せる後継者がいない

ーー今感じておられる課題はありますか?

圧倒的に後継者問題が大きいです。経営者の後継だけではなく、技術の後継者も含めてです。これはうちだけじゃなく、革漉き業界全体の課題です。火災に遭ってしまってから様々な面で同業者の方々に助けていただき、その中でいろんな話をしましたが『機械が触れて、適切な厚みが出せる後継者がいない。』と多くの方がおっしゃっていました。

ーー採用もですが、育成にも時間がかかりますよね。

若手の育成はみんながやりたい気持ちはあるとは思います。もう昔の丁稚奉公の時代のように「衣食住を与えて、仕事を与えているから給料は安くてもよい」という時代ではありません。

ーーなるほど。若手に入ってきて欲しいし育てたいけど、条件面での課題もあるのですね。

加工賃を含む全体的な条件面を整えて、若い人でも働けるような職場にしたいです。その為には、一社だけで進めることは難しく、みんなでまとまって改善に向けて声を上げていく必要性があると感じています。

工場再建に向けて 働きやすい革漉き所に

ーー新たな工場はどんな空間にしていきたいですか?

働く人にとってできるだけ過ごしやすい場所にしたいと思っています。革漉き工場ってエアコンがないところがほとんどなんです。なぜかというと、機械の中で刃を回転させながら常に研いでいるので鉄粉が舞い、送風口からそれを吸ってしまうため、エアコンが壊れてしまうからです。新しい工場は風通しの良い構造にし、少しでも快適に過ごせるようにしたいです。

ーーそういった理由からエアコンの設置は難しいのですね。

代表取締役を引き継いだ年が猛暑で、さすがにどうにか対処しようと、スポットクーラーを設置しました。それだけも助かったと職人さんが言っていて、普段どれだけ過酷な環境で仕事をしているかがわかりました。
あとは、短い時間でも休憩できるようにバルコニーを設置したり、スピーカーから音楽やラジオを流したり、シャワーを設置したりと考えています。ただ工場を再建するだけではなく、これらの工夫も取り入れていきたいです。

ーーこの先の目標や夢をお聞かせください。

革漉きという業界はどちらかといえば縮小傾向にあります。職人は70~80代の方々が多く、どんどん引退されています。自分の代で会社を畳む予定の方も結構多いです。そんな中継ぐと決めたからには、自分の子供が継ぎたくなるような業界・会社にしていきたいと思っています。

株式会社伊藤登商店
所在地 東京都台東区今戸2-20-11
代表取締役 伊藤 勢一郎
会社HP  伊藤登商店

スカイツリーの真下にある工場再建の地

バルコニーは東京スカイツリーが見える位置に付けたいと伊藤さん

取材の後、工場が建っていた場所を案内していただきました。この土地に新しい工場を建設する予定です。

火災に遭ってしまったのは本当に残念ですが、工場再建に向けて動き出しています。ものづくり新聞は、再建に向けた動きも引き続き取材させていただきます。

(編集部注:新工場建設のためのクラウドファウンディングを準備されています。スタートの際はものづくり新聞でもお知らせします。)