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【町工場が挑むB2C】元公務員の金属加工屋社長が生み出した昆虫グッズ 踏み出した一歩を未来に繋げるために

町工場が挑むB2Cとは、これまでB2B中心だった町工場(中小製造業)が、自社製品を作り、一般消費者に向けて販売すること。様々な理由からB2Cに注目し、製品開発や販売方法、ブランディングなど新たに挑戦している方々を取材しました。これからB2Cに取り組もうとしている製造業の方や、行き詰まり感や課題を感じている方々のヒントになれば幸いです。(ものづくり新聞 記者 中野涼奈)

有限会社大竹製作所 中川周三さん

埼玉県中部に位置する坂戸市に有限会社大竹製作所はあります。昭和40年の創業以降、試作品・金型・治具類製作、レーザー加工など各種機械加工を手がけています。 

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異業種から町工場の社長に

今回の取材はZOOMを利用しオンラインで行いました。緊張しながらも取材に望むと、大竹製作所の代表である中川さんが映った瞬間感じたのは、これまで出会ってきたいわゆる“町工場の社長”とは雰囲気が違っていたということ。それもそのはず、代表の中川さんはなんと元公務員なのです。

「私は中川ですが、社名は大竹製作所でしょう。実は先代は義理の父親なのです。私は元々岡山県で公務員をしていて、定年までずっとこのまま働くだろうと思っていました。ですが、今から13年程前、後継者について親族で相談した結果、私が43歳の時に大竹製作所を継ぐことになりました。」

公務員として定年まで働くつもりでいたところ、突然舞い降りた町工場の後継者という人生。中川さんはどのように製造業の仕事に入っていかれたのでしょうか。

13年前に入社し、3年ほどは現場の仕事をしました。この世界で生きていくためには、当然技術を身に付けていないと話にならないし、そして何よりも職人気質の社員たちに後継者として認めてもらうことが先決でした。」

社員に認めてもらおうと奮闘する中で訪れたのは、外に仕事を取りに行かなければいけないという現実でした。

「入社した年の秋頃にリーマンショックが起き、会社を取り巻く状況は一変しました。当時は売上の約9割が自動車関係の仕事でしたので、その影響は予測をはるかに上回るものでした。
自動車関係以外の取引先を開拓しなければなりませんでしたが、専門の営業スタッフがおらず、その役割を担うのは私しかいませんでした。地道に営業活動をしたり、様々な機関が主催するビジネスマッチングイベントなどに参加して新規取引先を探しましたが、その後に発生した東日本大震災の影響もあり、なかなか思うようには進みませんでした。」

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中川さんが現場の仕事に従事したのは3年ほどで、2011年4月に代表取締役に就任しました。

「振り返ってみれば、業績が順調だったら経験できない様々な事に直面し、鍛えられました。また、社員とのコミュニケーションや、仕事の進捗管理などの社内のマネジメントの大切さも痛感しました。」

設備投資という大問題

社長になったばかりの中川さんの前に立ちはだかったもう一つの問題は、社内の機械設備に関する問題です。

「NC機械等の工作機械は高額な割にその寿命は数十年程度で、こまめなメンテナンスや、新しく機械を導入することも検討する必要があります。そんなことも知らずに転職したのですから、今考えてみると私ものん気だったし、もし知っていたら転職に踏み切れなかったかもしれません。笑
中小企業や小規模事業者では毎年利益を出し、少しずつ内部留保を増やしながら計画的に設備投資を行うことが原則ですが、リーマンショックで売上が落ちる中でそれは不可能でした。そのような状況の中、政府の施策であるものづくり補助金や省エネ補助金はとても助かりました。幸いにして書類をまとめることに慣れていたので、労力と時間は相当なものでしたが、採択されることができました。」

自社製品を開発し、新たな事業に育てたい

大竹製作所が自社商品に取り組もうと考え始めたのは、2018年頃でした。第一の理由は売上の減少により、これまでとは違う事業を始め、将来的に売上の柱の一つにしようと考えたことです。

「今回のコロナ禍もそうですが、自動車業界で言えば、数年前にタイで発生した長期間にわたる洪水による生産停止の影響も含め、割と短い周期で業績に悪影響を及ぼす出来事が発生するのだなと常に危機感を持っています
また、世界的に見ても、自動車業界は電気自動車へのシフトが加速しています。内燃機関が不要になる時代が来るかもしれませんし、燃費向上を目的とした軽量化のため金属を使用しなくなる傾向が強まるかもしれません。現在のB2Bの事業形態とは違う形を作らなければ、ものづくりの業界で生き残っていけないと考えました。」

大竹製作所が開発した自社商品のテーマは“昆虫”

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自社製品の開発に取り組もうと動き出したものの、社員に意見を募ってもなかなかアイデアは出てきませんでした。

「弊社の社員は皆、腕は確かな職人集団です。しかし、だからといってアイデアが出てくるというわけではないことがわかりました。作る大変さをよく知っているからこそなのかもしれません。」

そこで、中川さんはまずは自分でなんとかしようと、昆虫をモチーフにした製品を考えました。

自社製品第一号は正直なんでもよかったのです。まずは、自分たちのアイデアを実際に形にしたという実績を作りたかったのが本音です。
私は元々昆虫が好きで、小学生の頃ピンセットとカマキリが似ていると思ったことを思い出し、『カマキリピンセット』を開発しました。」

その他、カマキリや猫をモチーフにしたトングも製作されています。製造は中川さんがデザイン画を描き、それを基に現場で加工していきます。ステンレスの薄板をレーザー加工機で切断し、目の凹凸部分はプレス金型で作られており、全て自社設備で加工できるとのこと。

気になったのは“昆虫”というテーマについて。ある種マニアックで、苦手な人もいるのではないでしょうか。他の企業が取り組む自社製品を見ても、昆虫というテーマを掲げている人はほとんど見当たりません。中川さんに疑問をぶつけてみると、意外な答えが返ってきました。

「最初は昆虫がテーマの展示会などで手売りをしていました。その時に購入してくれたお客様の約9割が女性だったのです。私も意外でした。」

確かに少し意外ですが、昆虫は男の子が好きなものという固定観念があったことに気付かされました。大竹製作所が一歩踏み出したからこそわかった結果であり、今後の商品開発やアイデアに活かされる経験だと感じました。

販売に関しては、手売りから始まり、ECサイトでの販売も始め、今では埼玉県坂戸市のふるさと納税の返礼品にも採用されました。本業の隙間を縫って製造し、在庫をストックしておき注文が来たら発送するという流れを取っています。

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なかなか難しい宣伝活動 ならば、展示会!

中川さんは、手売りやECサイトなどでコツコツ販売する中で、自分たちの力だけで集客を増やすことは容易いことではないと痛感したといいます。

「商品のPRは Facebookなどで行っていましたが、本業も忙しく、私もあまりマメではなかったので、なかなか本腰が入れられずにいました。
そんな時、ものづくりコミュニティ“MAKERS LINK”を知り、仲間に入れていただくことになりました。コミュニティ内を覗くと、展示会参加者募集という言葉が目に留まりました。大きな展示会への出展経験はありませんでしたが、集客や宣伝に繋がればと、2021年10月に開催されたギフトショーで“町工場プロダクツ“の一員として出展することにしました。

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ギフトショーの時期は本業が忙しくなってきた頃だったので、展示会への参加は私一人で行いました。本当は社員にも自社製品を売り込むという醍醐味を味わってもらいたかったのですが、それは今後の課題です。
私自身、展示会はとても刺激的でした。これまで接したことのないバイヤーさんや量販店の方とはじめて交流し、聞き馴染みのない言葉に戸惑いつつも、今後取り組むべき販売経路や価格の課題、強化すべきPR活動なども見えてきました。宣伝という意味合い以外にも、展示会へ出展する効果はかなり大きく、自分自身の事前の準備次第でそれは何倍にもなることを実感しました。」

もちろん展示会の準備や、後の営業フォローなどしなければならないことは多くありますが、チャレンジしてみるのも一つの選択肢ではないでしょうか。

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開発の舞台裏 社員の方はどう思っている?

開発している社内の様子を伺いました。創業から長い間、B2Bの仕事をメインに取り組んできた大竹製作所の皆さんは、自社製品に対してどう思っているのでしょうか。中川さんは赤裸々に語ってくれました。
「正直、まだ自分の仕事ではないと思っているような雰囲気はあります。でも、私はその気持ちも理解しているつもりです。弊社の基盤はやはりB2B向けの製品なので、今も昔もそれを支えてきた社員には、きっとプライドがあるはずです。」

中川さんは、これまで大竹製作所を支えてきた職人さんの複雑な思いも尊重したいと考えています。この先、規模拡大や売上アップを目指すためには、押し付けるのではなく、時間をかけて思いの共有を目指し、サポートしていくことも必要です。

「今は、私やアイデアを出してくれる若手を中心に取り組んでいますが、いつかもっと社内全体でいろんなアイデアが出るようになればいいなと思います。それは社長である私の重要な仕事の一つですし、私の社内マネジメント力にかかっていると思います。社員一人ひとりが“自社製品を開発する”、”自分の考えた製品が世の中に出る”、“欲しいものは自分で作れる”というものづくりの魅力を改めて感じ、自信を持つことができれば、必ず素晴らしい自社製品が開発できると自負しています。」

特に課題に感じているのはコストの問題

「様々なお客様に手に取っていただくためには、商社や百貨店などで取り扱ってもらうのが良いのだと思いますが、当然色々と考えるべきことが出てきます。特に、利益を生み出せる価格設定にするために、コストをできるだけ抑えた製造方法を検討することが必要だと感じています。」

中川さんは自社製品を販売している中で、お客様から価格についてコメントをいただくことがあるといいます。

「『お宅の商品とっても魅力的で欲しいけど、ちょっとお高いわね』と言われることがよくあります。販売方法や価格設定を見据えて商品開発を行うことはB2Cの基本で、メーカーでは当たり前のことでしょうが、経験のない小規模な会社が行うのは結構難しいことだと感じています。」

踏み出した一歩を未来に繋げるために

どんな製品を作ろうかと考えるのは楽しく、やりがいがあります。でもそれを実際に形にしたり売ったりということを考えると、なかなか難しいですね。デザインや販売に関しては自社にノウハウもないですし、手探りしながらやっています。」

B2Bを専門としてきた町工場にとって、自社製品のデザインや販売方法等は未知の領域です。大竹製作所の場合、開発や販売に関して外部に委託することなく、本業をしながら製作に取り組んでいます。社内の協力や販売価格、方法などまだまだ壁はあるといいますが、将来的に売上の柱の一つにするため、自社製品を育てている最中です。

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有限会社大竹製作所
会社所在地 埼玉県坂戸市千代田5-3-16
代表 中川周三
会社HP 有限会社 大竹製作所


編集後記

“ものづくりの魅力を改めて感じ、自信を持つことができれば、必ず素晴らしい自社製品が開発できると自負しています”という中川さんの言葉を聞き、自社製品開発は、新規事業であるということだけでなく、社内マネジメントや活気を生み出すきっかけにもなりうると感じました。
新規事業をリードしていく人はもちろん必要ですが、人数の多くない町工場こそ、思いを共有して少しずつでも同じ方向を向いてもらえるようにサポートする必要があるのではないでしょうか。