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『ものづくりしたい人が相談できる場所にしたい』地域で力を合わせ、共にものづくりに取り組む 房総ものづくりネット【MOVA】 内川毅さん、堀江みきさん

千葉駅からJR外房線に乗り約40分電車に揺られ、編集部が向かったのは茂原(もばら)駅です。千葉県茂原市を中心とした中小の町工場で結成されているものづくりグループ「房総ものづくりネットMOVA(もーば)」の皆さんを訪ねました。

今回はMOVA発起人の1人でもある昌和プラスチック工業株式会社の内川毅(うちかわ たけし)さんと、MOVAに参加しものづくりに取り組む、ちばデコレの堀江みき(ほりえ みき)さんにインタビューしました。今回のインタビューはMOVAの拠点でもある昌和プラスチック工業さんで行いました。

昌和プラスチック工業株式会社 内川毅さん

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ーー内川さんは千葉県茂原市のお生まれですか?

そうです。祖父が昌和樹脂工業を創業し、父がその後を継ぎ法人化し、私が36歳の時に父の後を継ぎました。創業当時から現在に至るまでプラスチック成形をしています。主に、衣類を掛けるハンガーやスプレーなどのキャップを生産しています。

ーーハンガーやキャップを国内生産しているのは今や珍しいことのように感じます。

こういうものってとっくに海外生産になっていると思っていたとおっしゃる方は結構います。確かに私が後を継いだ頃は、生産が海外に流れてしまった時期で危機感がありました。でも海外から輸入するとお客様の手元に届くまでに時間が掛かります。その点ここ茂原は都内へのアクセスが良いので、トラックに積んで東京のクリーニングメーカーさんなどのお客様へすぐに納品できます。お客様にはそのスピード感を評価していただいています。

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ーー昌和プラスチック工業の特徴を教えてください。

自社製品の「PETグラス」です。ペットボトルと同じ樹脂で作るワイングラスなのでPET(PET:ポリエチレンテレフタレート)グラスです。ガラスのように透明度が高く、割れにくい性質があるためデザートカップにも使われています。PET素材は熱や環境の影響を受けやすく、すぐに吸湿してしまい成形が難しいためやられている会社さんは多くありません。再生PETの用途も衣類の繊維やたまごパックが多く、PET素材を使ってもう一度射出成形する工場は少ないと思います。弊社も苦労しましたが、長年取り組むことで少しずつ再生PETの成形ノウハウが蓄積されてきました。

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*昌和プラスチック工業HPより

ーー後を継ぐ前はどのような仕事をしていらっしゃったのですか?

メーカーで家電の設計やデザインをしていました。家業を継いだ時は36歳で、仕事が面白くなってきた頃でそのまま仕事を続けるつもりでいましたが、父の体調が悪くなり、そういうタイミングなのかな・・・と家業を継ぐことにしました。

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ーー家業に入り苦労したことなどはありましたか?

子供の頃は工場を遊び場にしていたくらいなのでよくわかっているつもりでしたが、仕事としてやってみると難しかったです。特に父がやってきたお客様との関係を築くという仕事は私にとって初めてですし、苦労しました。

ーー家電の設計やデザインの経験が生かされていることなどはありますか?

多くの仕事は金型メーカーが作った金型を成形しますが、成形だけではなく金型や製品のデザインにも携わることができます。金型の勉強もしていて、お客様の希望があれば金型作りのところから一緒にやりたいという思いがあります。

危機感からMOVAを立ち上げた

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ーー房総ものづくりネットMOVA(もーば)はどのようなきっかけで誕生したのですか?

2013年頃、茂原市内にある大栄工業株式会社の営業部長の荒井さんが、よく弊社に来てくれていて色々な話をしていました。とりとめのない話をしていたのですが、よく話題になるのは「将来のために新しい仕事を作っていかなければいけないのではないか」という危機感でした。1〜2年ほど世間話のような感じで話していましたが、ただ話をしているだけでは何も生まれないということで、下請けから脱皮してオンリーワンのものを作ろうと「房総ものづくりネット」というグループを立ち上げました。

ーー製造業を中心とした中小製造業の方々が、自分たちの将来のために何かしようという思いから始まったのですね。

荒井さんが仕事の繋がりがある人を中心に何人かメンバーを集め、月に1度みんなで集まり話そうというところからのスタートでした。でもただ集まって話をするだけじゃ意味がないので、何か作ろうと考え始めました。そうして生まれたのが「ハンドレット」という製品です。

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停車中の車のハンドルにかけるタブレットスタンドです。ハンドルの傾斜を利用してタブレット操作やメモ書きをサポートします。

ーーハンドレットはMOVAの皆さんが集まって相談しながら作られたのですか?

そうです。形や柄などみんなで話しながら作りました。成形メーカー、印刷メーカー、金属加工業など様々なメンバーです。みんなその道のプロで、どんどんアイデアが湧いてくるので、予算を大きく超えそうになった時もありましたが、微調整を繰り返しながら完成させました。金型製造の資金は千葉県の補助金を活用しました。

ーー補助金は内川さんが申請されたのですか?

はい。2017年に取り組みが始まって、製品が出来上がったのは2018年でした。補助金が決定されると結果報告まで行う必要がありますので、途中で止めるわけにはいきません。

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ーー苦労したことなどはありますか?

みんなの意見をまとめて製品に落とし込むのに苦労しました。こんなこともできるんじゃないかというアイデアが沢山出てくるので、それをそのまま反映すると部品が増え比例して金型代も増えていきます。販売した時に採算がとれるようにするために現実的に考えなければならないところもあります。結果として材質はプラスチックのみで本体は黒色のみ、ロゴを印刷という形になりました。また、後からオプション部品を展開できるように取付部分を作りました。

ーー販売はどのようにされていますか?

携わった会社が手売りすることもありますが、メインはインターネット販売です。MOVAのメンバーにネット販売事業をやられている方がいて、その方に委託販売してもらっています。他にも、商社さんを通して運送会社用トラックのオプションとして導入していただいたこともあります。

みんなで取り組むからこそ気をつけること

ーーMOVAに集まるみなさんはどのような思いを持っている方が多いのでしょうか?

自分の作りたいもののアイデアを持って参加する方や、町工場のプロの意見を聞きたいと参加する方など色々な方がいます。ものづくりしたいという思いは一緒ですので、みなさんが活動しやすいように気を付けていることもあります。

ーー具体的にはどんなことに気を付けているのですか?

月1回の集まりは自由にアイデアを話したり、困っていることへのアドバイスをもらったりする場所です。そこで出てきたアイデアを他に利用されてしまったら困るという不安もありますので、最初にMOVAで聞いたアイデアや内容に関する秘密保持契約を締結するようにしています。そうしないと自由に話せなくなってしまいます。

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*MOVAのみなさんが作った製品。昌和プラスチック工業に展示されています。

ーーアイデアを守る工夫をされているのですね。活動に関する課題などはありますか?

今は月1回の集まりがメインですが、本当はそれ以上に活動を増やさないと進みが遅いなと感じています。例えば事前にアイデアを共有しておけば月1回の集まりの際にもっと深い話ができるのではないかと思います。

個人が中小製造業の門を叩くきっかけに

ーーはじめは自分達の本業に関する危機から新しいものを作ろうと始められたMOVAですが、8年ほど活動をしてきてその想いに変化はありましたか?

少し変わってきたと感じています。最初は自分達の下請け脱皮のためという感覚が強かったですが、今は地域の人たちと力を合わせて共にものづくりしていく場を作りたいという思いが強いです。その中でも、堀江さん(このあとインタビュー)のような個人でものづくりしたい人の手助けがしたいと考えています。

ーー個人の方のものづくりを手助けですか。

MOVAをやっていく中で、ものづくりしたいと考えている方々と多く出会いました。でも実現するためには例えば金型ならその金額で足踏みしてしまいます。そんな時にMOVAに相談に来てくれれば、まずは一緒に考えることができます。そういう場所になりたいです。

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ーー駆け込み寺のような感じですね。

相談した結果、金型を作ってものづくりしてみたいとなれば、3Dプリンタや小型のNCを使って少量生産用の金型を作ります。数十万円くらいで作れるようにサポートします。個人のスモールビジネスの場合、仮に作ったものが市場ニーズと合わず撤退せざるを得ないとなった際に、引き返せるくらいの金額が良いと思っています。

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*内川さん自身の金型製作の勉強やMOVAでの金型製作のために導入したという小型のNC工作機械

ーー町工場が個人向けに技術やノウハウを提供するというのは新たな形ですね。

気軽に相談に来てもらえるような場所になりたいと思っています。そして今後は私たち町工場が苦手な販売やPRなど出口のところもサポートしていきたいと考えています。

続いて、MOVAでものづくりに取り組んでいる堀江みき(ほりえ みき)さんにお話を伺いました。

ちばデコレ 堀江みきさん

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ーー堀江さんがものづくりに目覚めたのはいつ頃ですか?

小学校3年生の時に自由研究で灰皿を作り、それを担任の先生と学校の目の前の消防署の方がすごく褒めてくれたということがありました。その時近所で火事が多くて、その原因がタバコの不始末だと聞いたので、大きな皿に水を張って小さな皿を浮かべて下に落ちても消火できるという灰皿です。私のその発明で火事が減ったという事実はないですが、消防署の方から「おかげで火事が減ったよ」と言われたのがすごく嬉しかったです。役に立ったのが嬉しくて良いものを作って褒められようと子供心に思いました。

ーー喜んでもらえたという体験がものづくりのきっかけだったのですね。

近所の郷土資料館で木製の農機具や昔の道具を見るのも好きでよく通っていました。でもその後ものづくりをずっとしてきたというわけではなく、思春期になるにつれて大人になりたいという思いが強くなり、若い頃から仕事を始めたのでものづくりはしなくなっていきました。

ーーその頃はどんなお仕事をされていたのですか?

水産加工会社で冷凍品の加工や、製本屋さんで冊子加工の仕事など本当に色々な仕事を経験しました。そんな時に今も働いている建築会社の社長と出会いました。

ーー建築会社ではどのようなお仕事をされているのですか?

建築関係のお仕事ははじめてでしたが、最初はバイトとして職人さんのアシスタントなどをしていくうちに現場の仕事もやりたくなって、建物内のクロス貼りなど内装の仕事もしていました。

ーー現場でのお仕事をされていたのですね。

見ていたらなんだか自分でもできるような気がしたんです。笑 今は経理や事務関係全般を担当しています。

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ーーしかし、建築会社の仕事と堀江さんのものづくりがまだ結びついていません・・・

2011年の東日本大震災が全てのきっかけなんです。津波によって家が流されている映像が衝撃的でした。多くの人が暮らしていたはずの家がなくなってしまったのがとても耐えきれませんでした。

更に被害に遭われた方に欲しいものを聞くと、みなさん普段身近にあったものが欲しいとおっしゃっていました。中でもリップクリームが欲しいと話していた方が印象的でした。あったはずのものがなくなってしまった、壊れてしまったという状況に対して、何かしなければと直感的に感じました。自分がぬるいところにいるように思えて、全然もっといろんなことができるし、しなければと思ったのです。

ーーその後どうしたのですか?

ものはなくなってはいけないし、壊れてはいけないと思い、そこでものづくりへの心を思い出しました。まずは自分1人でものを作って販売する練習をしようと、犬用の服やリード、犬グッズなどを作り始めました。「ちばデコレ」というブランド名で2013年から活動しています。自分で作ったものを飼っている犬に付けて散歩に行くと声を掛けられ服やリードのオーダーをいただくようになりました。人伝てで広まり現時点までで50着くらい販売しています。

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*堀江さん作 愛犬の写真をプリントしたペットボトルホルダー

ーーミシンで作っていらっしゃるのですか?

そうです。試行錯誤しながら独学で勉強しています。犬用服のオーダーをいただいた時は首が抜けにくい構造にしてほしいなどのこだわりを聞き、デザインは私が考えて作っています。

MOVAでの活動

ーーMOVAとの出会いを教えてください。

ちばデコレをやっていくうちにもっと色々なものづくりに挑戦してみたくなりました。元々人と関わることが苦手で避けてきたタイプなのですが、まず自分が動かなければ何も始まらないと思い、苦手なことでも頑張ろうと勇気を出して、2018年に千葉県よろず支援拠点(公益財団法人千葉県産業振興センター)を訪ねました。

ーーものづくりへの思いが堀江さんを突き動かしたのですね。

そこで大多喜町にある富士無線機材株式会社というプラスチック工場を紹介していただきました。その社長さんがMOVAのメンバーで紹介していただきMOVAに辿り着きました。

ーーMOVAにはじめて参加されたときはどうでしたか?

自分のやってきたものづくりのことを話すと真剣に聞いてくれて、受け入れてくれました。私以外は製造業の社長さんばかりでしたが、私のことを「ものづくりしたい人」として見てくれて、とても居心地が良かったです。

ーーMOVAではどんな活動をしてきましたか?

最初はどんなグループかわからないこともあったので、何気ないアイデアを話してみるとみなさん真剣に話を聞いてアドバイスしてくれました。知り合ったばかりの私のことをそんなに真剣に考えてくれるとは正直思っていなくて、ちょっと驚いたのを覚えています。

ーーどんなアイデアだったのですか?

帽子の内側にちょっとした工夫をすることで前髪が乱れないというものです。特許も取得したのですが、実は本当に作りたかったものはこれとは別にあり、今はその開発に取り組んでいます。

ーー完成したら是非見せてください。MOVAはどんな雰囲気ですか?

純粋にものづくりがしたい人の集まりです。ものづくりしたいけどやり方がわからない、困っているという人を助ける場所で、参加しなければいけないという決まりなどはないのでストレスがないです。メンバーのみなさんは別な仕事を持っている私に対しても分け隔てなく接してくれますし、参加して良かったです。

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ーーこの先の堀江さんの夢を教えてください。

小学校3年生の時に感じた「役に立つのが嬉しい」という気持ちを思い出し、ものづくりに取り組むようになりました。まずは今開発しているものを完成させて、誰かの役に立てるようになりたいと思っています。

そして、私と同じように個人でものづくりしたい人が世の中にはいるのではないかと思っています。そういった方々のためにMOVAのような場所を他の地域でも作りたいと考えています。

MOVA事務局 (昌和プラスチック工業株式会社)
所在地 千葉県茂原市中の島946番地
代表取締役 内川毅
会社HP  昌和プラスチック工業株式会社


編集後記

誰かに役に立つものづくりやお手伝いがしたいという気持ちが伝わるお二人でした。町工場と個人がつながり、ものづくりをサポートするのは新たなB2Cなのではないかと感じました。

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2022年にMOVAが母体となり「少量生産開発支援サイト・もーば」を立ち上げる予定だそうです。その第一号は現在堀江さんが開発している製品です。完成後、その取り組みの詳細と製品についてを取材させていただく予定です。


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ものづくり新聞(株式会社パブリカ)編集部 : monojirei@publica-inc.com