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「裏原系」から段ボールデザインへの転身 デザインを楽しみ、喜んでもらいたい 株式会社エスパック 髙橋大志さん

JR奥羽本線が走る茂吉記念館前駅を降り、15分ほどの場所にある株式会社エスパックさんを訪ねました。駅名の通り歌人・斎藤茂吉の出生地である山形県上山(かみのやま)市に建てられた記念館のすぐ近くにある駅です。

株式会社エスパックは段ボール箱の製造・販売、包装設計、包装資材の販売を行なっています。メインは工場や問屋で見かけるような無地の段ボールの製造・販売です。一方で『Create Series -クリエイトシリーズ- 』として果樹農家向けのギフトパッケージや、段ボール簡易ベッドなどの自社製品開発にも力を入れています。

段ボール工場に潜入!

仕入れた段ボール素材がまとめられています。仕入れた段ボール素材は裁断、印刷、折り、糊貼りの工程を経て出荷されます。製品によっては自動加工機で加工したり、手作業で加工したりと様々です。

従業員数は30名で、平均年齢は30代と若い方が多くいらっしゃいます。(2022年4月取材時)

自動加工機で加工が難しい特殊な形状の段ボール箱は、人の手でひとつひとつ折り、針で留めて作ります。

こちらの青い機械は、工場の約半分の面積を占める大きな機械です。印刷、折り、組立ができる機械で、大量生産品などはこちらの自動機で加工しているそうです。

この機械はあまりにも大きく、作業者が行ったり来たりしながら機械の状況を確認するのが大変だったそうです。そこでカメラを設置しテレビモニターで写すことで、作業をしながら状況が確認しやすくなったといいます。

左が機械の様子を写したモニター、右が仕様書を写したモニター。

段ボール箱の蓋を折りやすくするために折れ線を付ける機械もあります。しっかり折れるように折れ線が入っています。

よく見てみると2本薄い線が入っています。

いくつも立てかけられているこちらの板は、一般的な形ではない特殊な形状の製品を製造する際に使用する「抜型」です。抜型には小さな突起と箱の形状に合わせた刃物が付いており、それを板状の段ボールに押し当てて抜くことで製品が製造されます。追加生産の依頼があった時のために保管しているそうです。

完成した段ボールはこのように保管し、出荷します。

取材時は初夏に旬を迎えるさくらんぼの箱のストックが多くありました。
従業員の皆さんの荷物保管用のボックスは段ボール製。段ボール製造会社ならではです。
クリエイトチームが使っているデザイン室には段ボール製のテーブルがありました。

今回は営業部クリエイトチーム所属の髙橋大志(たかはし ひろし)さんにお話を伺いました。

「つくってあそぼ」が好きな子供時代

株式会社エスパック 営業部クリエイトチーム 髙橋大志さん

ーー髙橋さんはクリエイトチームで自社製品開発に携わっているとのことですが、デザインやものづくりは子供の頃からお好きだったのですか?

子供の頃は図工が好きで、NHKの「つくってあそぼ」という番組の真似をして色々なものを作っていました。中学生の頃には実家のすぐ近くにある芸術系の大学に進学したいと思っていました。「それなら高校ではものづくりの基礎を学んでおくと良い」という先生のアドバイスもあり、工業高校の機械科に進学しました。

ーーその後、芸術系の大学には入学されたのですか?

入試で絵を描く試験があるのですが、それがどうしても苦手で挫折してしまいました。その大学でグラフィックを学びたくてずっと憧れていたので悔しい思いもありましたが、広い意味でものづくりに関心があったので神奈川県にある工業大学に進学しました。

ーー山形を離れたのですね。大学ではどんな生活でしたか?

相変わらずものづくりは好きでした。入試で挫折しましたが、逆にそれがきっかけでデザインやグラフィックが遊びになりました。グラフィックデザインができるソフトを購入し色々と遊んでいました。

ーーどんな風に遊んでいたのでしょうか?

当時「裏原系」などのストリート系のファッションが流行していたので、人気ブランドのロゴマークを真似て自分のロゴマークを作ったりしていました。笑 そもそも工業系の大学でデザイン系のソフトを持っている人がほとんどいなかったので、バイトやサークルのフライヤーを作ることもありました。

これまで髙橋さんが作ったロゴマーク集

ーーデザインを楽しむようになったのですね。

本当、遊びの範囲内という感じだったのですが楽しかったです。遊びになったから楽しめたというのもあります。

ーー大学卒業後はどんな道を歩んだのですか?

大型印刷機を製造・販売している会社に就職し、設計の仕事をしていました。本社が東京都だったのですが、山形県にも支社がありそちらに配属されることを願って入社しました。

ーー山形に帰りたいという気持ちがあったのですか?

そうですね。でも東京配属になり、28歳で異動になるまで東京で働いていました。

ーー山形に戻ることはできたのですね。

でもその頃には東京の暮らしに慣れて結構楽しくなっていました。笑 デザインも引き続き趣味で楽しんでいて、当時住んでいた寮にシルクスクリーン印刷機を持ち込みDIYもしていました。

シルクスクリーンで印刷をしている様子。
シルクスクリーンに使われる「感光乳剤」という薬剤を固めるために、髙橋さんが自作した露光機。感光乳剤は紫外線で固まります。

ーーシルクスクリーンの機械ですか?

小型ですが、休みの日に自分でデザインしたものをTシャツにプリントして遊んでいました。そのうち、パーカーや帽子にもプリントしたくなってきて、外注してインクジェットプリントの製品なども作りました。沢山自分のデザインの製品ができてきて、周りからの評判も良かったので販売してみようと思い、自分のECサイトを開いて今も販売中です。

髙橋さんのオリジナルブランド 「iRON FiST」

ーー自分のECサイトをお持ちなんですね!

今では製品もかなり増えて、人気商品もあります。最近だと友達と釣りしようという話になって、だったら自分たちのグループ名を考えてロゴを作り、Tシャツも作ろうと盛り上がってデザインを考えました。それも販売していて結構好評です。

オリジナルブランドで販売している商品

ーー髙橋さんのご自宅には製品の在庫やサンプルが沢山あるのですか?

自宅のシルクスクリーン印刷機で作れるものは、まとめて仕入れた無地のTシャツやパーカーなどにプリントするので無地の在庫は結構ありますね。

ーー驚きです。28歳で山形に異動されてからはどうされたのですか?

会社が自宅から少し遠い場所にあったため通勤に時間がかかってしまい、デザインや自分のブランドの製品開発など好きなことが出来なくなってしまいました。でも、手は嘘を付かなくてふと空いた時間に図面の隅っこにラクガキしていました。自分がしたいことがわかったような気がして、転職を考えました。

ーー退職後はすぐにエスパックさんに入社されたのですか?

それがそうではないんです・・・。

回り道して念願の仕事へ

ーーどういうことでしょうか?

デザインは遊びで楽しくやってきましたが、一方で勉強していないというコンプレックスもありました。でも仕事でデザインをやってみたくて、それまで経験してきた設計の仕事と併せて求人をインターネット検索していました。そこでエスパックを見つけたんです。

ーーそれはデザインや設計の仕事で募集されていたのですか?

そうです。ぴったりだと思って興味を惹かれつつも、応募時にポートフォリオを出そうと作り色々なことをしているうちにその求人が締め切られて、別な人に決まってしまったんです。(編集部注:ポートフォリオとは、デザインやクリエイターの方々が実績や力量をアピールするための作品集)

ーーそれは悔しいですね。

応募は終わっていたのですが、当時お世話になっていたリクルートコンサルタントの人に相談すると、求人には間に合わなかったけど作ったポートフォリオは持って行ってみようということになりました。しかし持って行ったはいいものの、求人は終わっていますので特に何か連絡があるわけでもありませんでした。

髙橋さん独自のデザインで制作した通帳風のポートフォリオ。中にはこれまでの作品が掲載されています。ちなみに店名の「桜田」は髙橋さんの出身の地名に由来しています。

ーーその後髙橋さんはどうされたのですか?

エスパックの求人を見てから、段ボールの仕事ならデザインと設計をできるかもしれないと、段ボール会社の求人を探すようになりました。そこで「クリエイトワークス」という農家さん向けの段ボールを販売している会社のアルバイト求人を見つけて応募し、販売や製造のアルバイトとして働くことになりました。
そこで半年ほど働いているうちに、実はクリエイトワークスの社長は、その当時エスパックの社長だった佐藤敬一さんの息子さんで、親子関係があるということがわかったのです。

ーーえ、それは驚きですね。

最初はかなり驚きました。その後しばらく働いていると、エスパックで再びデザイナー職の求人が出たのです。クリエイトワークスの社長に繋いでもらい、面接を受け入社することになりました。面接で最初に作ったポートフォリオを提出すると、最初に持ち込んだポートフォリオが実は社内に残っていて、「あの通帳の子か!」と言われたことを覚えています。笑

ーー繋がったのですね!

入社から半年間現場研修で段ボール製造の仕事を経験し、クリエイトチームに配属されました。製造の仕事ははじめてでしたが、やっとものづくりの仕事ができるという喜びで頑張らなければと気合いが入っていました。ちなみに、私が入社してすぐにクリエイトワークスの社長である佐藤健太郎さんも家業であるエスパックに戻り、現在は代表取締役社長になっています。

ーークリエイトチームへ配属されてからはどのような仕事を担当されていたのですか?

最初の仕事はなんとエスパックのロゴを新しくするという仕事だったんです。責任重大でした。以前のロゴの要素も残しつつ、新しくした現在のロゴがこちらです。

髙橋さん作の株式会社エスパックのロゴ

ーー最初の仕事がロゴマークとは責任重大ですね。こだわりはどこにありますか?

波ダン(断面が波のような段ボール)から朝日(Sの文字)が出ているように配置し、「PACK」の文字をよく見ると線が離れていてカタカナで「ハコ」と書かれているように見えるのがこだわりです。

ーー細かいところまでこだわっていますね!

その後、自社製品のパッケージをデザインする仕事をしました。でも、元々得意としていたデザインがストリート系だったこともあり、果樹農家さん向けのパッケージデザインには向いていなくて、入社当時は提出しても採用されないことがほとんどでした。

こちらの機械段ボールを切り抜いて試作をしているそうです。
こちらのゴミ箱のデザインは髙橋さんです。段ボールの色を生かして木目の線だけを印刷しているそうです。

改良を重ね軽くて使いやすい組立治具を開発

ーー今回ものづくり新聞が注目したのは「STON3 (ストンスリー)」です。これはどのような製品でしょうか?

さくらんぼ農家さん向けに開発した専用組立治具です。さくらんぼを出荷する際に詰める箱を、初心者の方でも簡単に組み立てられるようになります。

ストンスリーを使って段ボールを組み立てる様子

ーーどのような経緯で開発に至ったのですか?

ある時、弊社の営業がお客様の農家さんのところで見た「段ボール組立用の木製治具」を、製造業のお客様に提案しました。提案と言っても会話の中で段ボールの組み立てに苦労しているという話を聞き、こんなものありますよという感じです。お客様はこれで効率改善に成功したそうです。それがきっかけで、役に立つなら組立治具を自分たちでも作ってみようと考えました。

ーーさくらんぼに特化した治具にしたのは何故ですか?

元々、青果市場のお客様がいて色々な果物用の段ボールを作っていました。中でも山形はさくらんぼの生産量が多く、出荷するための段ボールの受注を沢山いただいていたのでさくらんぼに特化した治具にしました。

ーー地域性があるのですね。現在はストンスリーですが、ワンとツーもあったそうですね。

中央の平板を2種類用意し、6パックと8パックそれぞれの大きさの箱作りに対応できるようにした「ストンツー」。木もこだわっていて高級感があります。

はい。最初は木製でしたが、重くて価格も数万円と高いものでした。ワンを完成させた後実際に農家さんのところへ伺い、農家さんが箱を作る時と初心者の私が箱を作る時の秒数を調べ、治具を使うことで初心者でも農家さんと同じくらいの時間で箱作りができることを確認しました。
しかし、青果市場のお客様を通して農家の方々にも見てもらいましたが、「便利だけど、ガサあるなぁ(大きいなぁ)」と1台も売れませんでした。ツーは汎用性を持たせることと、カッコ良さを追求するのがテーマでしたが、こちらも価格が高くなってしまいました。

ーーそうしてスリーが出来上がったのですね。

スリーは軽量化とコストダウンがテーマでした。素材は段ボールにしたのですが、充分に耐久性はありますし何より大幅な軽量化に成功しました。お客様にお届けする時は段ボールをくり抜いた平らな状態で、それを組み立てて治具にしてもらいます。段ボールなので組み立て作業も簡単で、夏休みに手伝いに来たお孫さんでも問題なくできると思います。

「STON3(ストンスリー)」

ーー現在ストンスリーはどちらで購入できるのでしょうか?

現時点では自社ECサイトでは販売していません。もしご興味のある方がいらっしゃいましたら是非お問合せいただければと思います。

仕事と趣味がお互いに良い刺激に

ーーストンスリーは今後も進化させていく予定でしょうか?

今はさくらんぼ用ですが、他の果物にも使えるように改良や開発をしたいと思っています。

ーーストンスリーを含めた自社製品に関して課題はありますか?

知名度向上が一番の課題です。ストンスリーの場合コロナ禍で農家さんと私たちが交流する機会が減ってしまい、アピールするのが難しくなってしまいました。依然厳しいですが、知名度をもっと上げていきたいと思います。

ーー株式会社エスパックとしてはどのようなことを目指していますか?

先日、我々クリエイトチームに対して社長から「エスパックの背骨になるような言葉を考えよ」というお題をもらいました。すごく難しかったですが、お客様の想像する1歩、2歩先のサービスを提供したいという思いを「そこまでやるか」という言葉に込めました。ホームページにも掲載し全社で共有しています。

株式会社エスパック ホームページより

ーー髙橋さん個人の目標や夢はありますか?

私がカッコいい箱を作ることでお客様が喜んで幸せになってもらえたら嬉しいです。仕事と趣味がお互いに良い刺激になっているので、自分のブランドも趣味として楽しみながら続けていきたいです。

株式会社エスパック
所在地 山形県上山市金谷字原798-2
代表取締役 佐藤敬一
会社HP  株式会社エスパック
Instagram  @spack_createworks

編集後記

エスパックに入社した時「やっとものづくりができるという喜び」を感じたとおっしゃっていました。やはり、思いを形にし、ものを作ることができるということは喜びに繋がるのだと思います。裏原系やストリート系のデザインと段ボールデザインというのは一見違う分野に感じますが、髙橋さんだからこそ、そこに壁を作らずフラットにものづくりできるのではないかと感じました。